7月2日の記事

http://ameblo.jp/hc-lab/entry-10112079574.html

アマゾンへのリンクがうまく行ってなかったので

貼り付けなおしておいた。



さて・・・


悩みを相談する相手というのは

  ※この場合の“悩み”は調査と思考で対処できる“疑問”は含まない。

穢れた人間でなければならない。

少なくとも、穢れたことがある人間でなければならない。

聖人君子では

その“悩み”というものが分かるはずも無い。

あなたの行いは“過ち”です。正しなさい。神に祈りなさい。

神はあなたの行いを見ておられます。

さあ・・・

・・・しかし、悩んでいる側はそんな綺麗事を聞きたいのではない。

少なくとも、神を持たない私達日本人は

そんなものでは満足しない。

また、通称“カウンセラー”というものも

あまり当てにならない。

勿論、占星術から心理学まで

いろいろなカウンセラーというのが居るが

本当にカウンセリング ―― 少なくとも、相談者と同じところに立つことができるのは

相談者と同じところに立ったことがある人間だけだ。

神の啓示や天の定めや机上の空論や統計上のデータで語られても嬉しくもなんとも無い。

例えば、

扉を開けかけたことの無い人間に

扉を開けかけた人間の気持ちなど分かろう筈も無い。

そんな感じだ。

尤も、人間というのは、時として単純な生き物であり、

悩みを放出するだけで軽くなることもある。

それはそれで十分なところもあるのだろう。

だが、被相談者がさも分かっているかのように

助言しているのを見聞きすると

私は黙ってはいられない

・・・黙ってはいられないが・・・

私は争いが嫌いなんで、黙っているけどね。