おはよう同志諸君。
私は宗教が嫌いなのだが
書を読めば読むほど、
私の好きな“科学”が私の嫌いな“宗教”に漸近している気がしてならない。
頭の中では
そして、一般に常識といわれるものの中では
宗教と科学は全くもって異なるものだ。
しかし、かつては、宗教団体が自然法則を研究し
考察していたという歴史もあるように、
その根本、究極真理は近しいものがある
と言えなくもない。
これはマズイ。
私が好きなものが、実は私が嫌いなもの・・・
という反吐がでそうな矛盾が生じる。
・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・と、矛盾に打ちひしがれていたのだが、
カントの『純粋理性批判』を読んでいて
解決の糸口が見えた気がする。
正確には“解決”ではない。
単に私が間違っていたのだ。
従って
数学は宗教ではない。
というわけで、『金と銀』の最後の1行は削除した。
以上。
私は宗教が嫌いなのだが
書を読めば読むほど、
私の好きな“科学”が私の嫌いな“宗教”に漸近している気がしてならない。
頭の中では
そして、一般に常識といわれるものの中では
宗教と科学は全くもって異なるものだ。
しかし、かつては、宗教団体が自然法則を研究し
考察していたという歴史もあるように、
その根本、究極真理は近しいものがある
と言えなくもない。
これはマズイ。
私が好きなものが、実は私が嫌いなもの・・・
という反吐がでそうな矛盾が生じる。
・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・と、矛盾に打ちひしがれていたのだが、
カントの『純粋理性批判』を読んでいて
解決の糸口が見えた気がする。
正確には“解決”ではない。
単に私が間違っていたのだ。
従って
数学は宗教ではない。
というわけで、『金と銀』の最後の1行は削除した。
以上。