奄美大島の南端にある瀬戸内町。
そのさらに南に、大島海峡を隔てて、加計呂麻島があります。
ある方に言わせると、離島の中の離島・・・、つまりは奄美大島という離島にさらに離れての離島、二重の離島となるわけです。
そんな加計呂麻島と奄美大島を結ぶ唯一の交通路が、町営フェリー「フェリーかけろま」になります。
では、船内の様子などを・・・
こちらの船、車両甲板は通り抜ける構造になっておらず、車両は全てバックで入るといった構造になっています。
また、車両甲板後部には、お年寄りに対応したシルバールームがあり、階段を上り下りするのが大変な方への、やさしい装備をつんでいます。
さて、加計呂麻島といったら、こちらが名物??
港に並ぶ、加計呂麻バス。
町営フェリー到着にあわせて、島内各集落へバスが接続運行しているんですね。
バスの運転士さんは、フェリーから降りてきた乗客の荷物を持ってバスに案内するところなんか、ほのぼのしていい感じです。
足腰が弱い方向けに、踏み台を用意するところなんぞ、さすが加計呂麻バスですねww。
ちょっと長いですが、加計呂麻バスHPから転載いたします。
加計呂麻島。
北西から南東へと細長く伸びたこの小さな島に、30もの集落が点在している。
そこに1,500人ほどの人びとが暮らす。それぞれの集落は、複雑に入り組んだ海岸線に沿った起伏の多い道によって結ばれている。
昭和55年8月、この島にバスが走った。加計呂麻バス有限会社の始まりだ。(当時の社名は林バス産業)加計呂麻島で初めての陸上交通機関だった。
当時ですら島の人口は2,400人ほどであったが、多くの離島や山村と同様に、過疎化・高齢化の波は止まる事はなく、経営は厳しかった。 しかし加計呂麻バスは島民の生活の足であり、無くすわけには行かない。これが現社長・林 範孝(はやし のりたか)の決意だった。本社を名瀬市(現・奄美市)から、島のほぼ中央に位置する瀬相へと移転した。
瀬相港は町営定期フェリーの発着港でもある。
林みずからがハンドルを握った。観光バスの運行も開始した。観光ガイドは運転手が兼任する。
お年寄りの乗降を助け、買い物の代行も引き受ける。
島には新聞販売店も宅配業者もないため、運転手が港に届いた荷物や新聞を配達する。 その一風変わった光景は幾度となくテレビ番組にも取り上げられた。
「過疎地の交通機関を取り巻く環境は、医療や介護と同様、社会問題と位置づけても過言ではない。我々は公共交通機関として、福祉の側面を持つ、地域住民と一体となった会社を目指す」これが林 範孝、加計呂麻バスの信念だ。
実態は町営バスに近く、補助金を頼っての運行だそうですが、過疎地の交通を守る信念は本物と感じることができました。
帰りは郵便の軽トラ、そしてクロネコさんやゴミ収集車などで車両甲板はいっぱいとなり出港。
二重の離島という悪条件ながら、日々島の暮らしを守る、フェリーかけろまと加計呂麻バス。
日々安全に、運行できることを祈っています。