研究・開発をしたものが実際の量産に至るまでには様々な障壁がある。 
ビジネスでは、これらの障壁は、”魔の川”、”死の谷”、”ダーウィンの海”と呼ばれる。 
各段階での目的が異なるために、不確定要素が含まれて、段階ごとに不連続になっていることが障壁となっている。
製造業では、スムーズに次の段階に移るために、品質やコストだけでなく、量産においてどういう不具合が起きるかを想定すること(FMEA)を重要視している。 

抗がん剤の研究・開発から標準治療に至るまでを考えると、研究の段階では今まで世の中にない技術の創出が目的(マウスで実験する)となり、開発では、標準治療での手順をきめるための検証(人体で実験する)が主な目的となる。 
治験は、開発の段階となり、I相、II相、III相と進むにつれて、標準治療に近づいていく。 

製造業で研究・開発したものがすべて量産に至る(市場に出る)ことがないように、抗がん剤の研究開発でも同じである。 
毎年、新たな有効成分が含まれた治験が100~200件始まり、600件前後の治験が1年に行われている。
一方で、新規に標準治療としてリリースされるものは、ほんのわずかだ。 

もちろん、治験の中には、今の標準治療よりも有効であるものが含まれている可能性はあるが、治験のほとんどは、標準治療にもならないレベルのものなのだ。 
一方、治験を受けるためには、ある一定の状態以上である必要がある。 
”いい結果”を出すために、治験を受けられるのは、状態のいい罹患者に限られている。 
今回は受けれる最後のチャンスとなる可能性があったので、賭けてみた。 

現在は、なるべく早く標準治療として使えるように、各段階がスピードアップされている。 
製造業では、8割できたら、次の段階に移るぐらいでないとならず、並行して進められることが多い。
8割から10割にするには、8割のレベルにまでかかったのと同じぐらいの時間がかかるからだ。 
そうなると、市場に出すタイミングが遅くなってしまい、他社に先を越される可能性がある。 

がん治療の場合は、発生する様々な場合に対して、それぞれの手順が決まっている100%に近い状態でないとならない。 
製造業の場合のように、市場で不良が出た時に、良品と交換するようなことはできないのだ。 
「運が悪かった」では済まない。