先週、アラスカのフェアバンクスにオーロラを見に行きました。

 

行っても見れないこともあると案じていましたが、現地で参加したオーロラツアーのガイドさんたちですら興奮して個人的にカメラを構えたりタイムラプスを撮影しちゃうほどの鮮やかなオーロラが空いっぱいに広がって、望み通りの写真もプロに撮ってもらい、大満足の旅になりました。

 

今回は、この旅に向かう決心をした時に思ったことを書いてみます。

 

 

7年前の手術で、食道と胃の上部を切除してから、今現在も残っている後遺症のひとつに、突発的な便意があります。これはとても急にやってきて、どうしようもなく強制的で、排泄するまで止めることができません。

 

そもそも下痢はがんが見つかった理由のひとつだったので、治療の1年ほど前からほぼ毎日続いていました。特に治療中とその後3年ほどは症状も激しく、脱水やカリウムの急激な低下で点滴を受けるほど。この時期は外出もあまり遠出はできず、どこかに長時間、特に食事を挟んで出かける時は、近くにゆっくりと使える複数のトイレがある場所を慎重に選んでいました。

 

最近はその回数は徐々に減ってきて、冷や汗をかきながらトイレを探すことも稀になりましたが、それでも突然やってくる便意は止められず、時を選ばず、予測ができず、一度来てしまうと我慢ができません。こんな状態が7年以上続くとそれがデフォルトになってしまい、寒いところ、トイレのないところで長時間過ごすようなことはおのずと避ける癖が付いていました。

 

 

7年前の治療を受けた時、抗がん剤も手術も終わり、あとは体が回復するだけ、という時期に、この体でもできることとできないことをかなり精査しました。その際に「死ぬまでに行ってみたい場所リスト」から幾つかの行き先を削除しました。例えばペルーのマチュピチュは一度見てみたかったのですが、肺活量が以前の半分近くになってしまった私にはその高度で登山をするのは難しいと今世では諦めました。アラスカのオーロラもつい最近までそちら側のリストに載っていました。

 

今回、あと数ヶ月で我が家を出て一人暮らしを始める大学生の娘から春休みにオーロラを見に行きたいという話が出た時、「行けるかな?」より「行きたい!」が先に頭に浮かんだ自分に少し驚きました。ちょうど少し前にずっと寄り添ってきたがん患者仲間を亡くしたことで、生きていることの儚さが身にしみたことも影響してか、とにかく今、体が動いて、働けて、行きたいという気持ちが起こるなら、他のことはなんとかなる!行くなら今でしょ!という少し追い込まれたような勢いもあったのだと思います。

 

 

 

そこで「行く」を前提にしてプランを立ててみることにしました。

 

最大の難点は2つ。長時間のエクストリームな冷えと、いつでも行けるトイレへのアクセスがないこと。

 

寒さは旅慣れた友人から本格的な冬の雪山装備を借りて、全身に張れるくらいのホカロンを用意しました。少しお金を出して、長い時間でも暖かい場所で待機できるツアーを予約しました。お金とツールでできる限りの対策を用意することで心配を減らしました

 

トイレ問題は少し工夫をしてみることに。解決策として、成人用のオムツを履くことにしました。以前にどこかの記事でパパラッチや戦場写真家たちが千載一遇のシャッターチャンスを逃さないようにオムツをして張り込みをしているというのを読んだことを思い出したのです。頭の中で「重要事件を追うフリーカメラマンごっこ」に切り替えて、オムツをするというちょっと抵抗がある行動を楽しみに変えてみました。オムツだって中にしちゃったら面倒は面倒なんだけれど、周りへの迷惑も格段に減ると思ったからです。

 

 

結果としてオムツのお世話になることもなく、行き帰りのバス移動も含めて全部で7時間トイレへのアクセスの無いことも、氷点下の夜空の下で4時間も空を見上げて過ごすことも、苦痛ひとつなく、むしろトイレのことを一度も思い浮かべることもなく、全てを楽しむことができました。

 

そもそも、ついついやりたいことを躊躇してしまう大きな理由は、恐れです。もしも出先で便意が止められず漏らしてしまったら。もしも腹痛が酷くて周りに迷惑をかけてしまったら。もしも血糖値が急に下がって倒れてしまったら。そういう全ての起こりうる事態のことを想像すると、行かないほうが楽に見えてくるのです。お金を出してやりたいことをしに行くのに、腹痛で全然楽しくなかった、なんていう結末も絶対イヤですよね。

 

でも、そのイヤなことが分かっていれば、心配や苦痛の種を取り除いくつかの防護ネットを張ることができます。準備に少しだけ時間と頭とお金を使ったり、当日の荷物が若干増えたりするけれど、そのおかげで一度は諦めてしまったバケットリストの中身を、生きてるうちに叶えることができたのです。

 

 

「行くと決める」から始める旅。十分な慎重さと備える余裕を持っていれば、まだまだできることは広がるような気がしてきました。がん治療から7年目。今もなお、私の体は右肩上がりで回復しているようです。