いよいよ3月3日〜24日にかけて“乗合処やまや“は磐田市から浜松市へ移転します。昨年末から物件調査と並行して膨大な数のマニアな品📦📦の荷造り梱包は大詰めを迎えておりますガーンアセアセ

そんな中でも自宅内より幾つか発掘される資料や写真がありました。引越しが目前に迫りいちいち感傷に浸るヒマは無し、また後日ゆっくり見ることにしましょう。不要な服生活道具ジャンジャン断捨離します。ブルーメタリックのスキーウェア🎿。もう20年は押入れに寝かしてありますねーショボーンガーン処分しようとウェアに手をかけるとなんとポケットに当時のリフトでが出てきました。

御岳ロープウェイスキー場

1日リフト券

(H9.3.8)

いまは子供2人💰がかかるため暫くスキー⛷️スノボ🏂も暫く行っていませんがまだ二十歳そこそこだった当時は月2回程度、浜松から木曽路のスキー場へ行っていました。

この頃はバスや鉄道は二の次、友人とスキーやキャンプ、女の子との飲み会優先にしていました。まだデジカメカメラ普及前だったのであまり撮影が進まず、オマケのように撮影していました。

おんたけ交通1207
松本22あ1207
三菱P-MK117J(1987年)
御嶽ロープウェイスキー場
1998年2月8日


御岳ロープウェイスキー場へのシャトルバスとして木曽福島駅と結ぶおんたけ交通のエアロミディ。車体に広告が貼られている事でも分かるであろう、この車輌は路線バス木曽の地酒:七笑の小さな看板を後ろに付けて走るのがおんたけ交通らしくもあります。

御岳ロープウェイスキー場は1989年に開設した所謂“スキーブーム⛷️により各地に開設した中小規模のスキー場のひとつ。“ロープウェイ"と名乗るものの6名乗りの大型搬機で厳密に云えば“ゴンドラ"。全長2,332m“ロープウェイ"により高低差は580mあり、ロープウェイに沿ってペアリフト3基もありました。標高が高く山頂駅近くは背の高い樹木も少ないため眺望も良く、遠く木曽駒ヶ岳を望みながらのここでのスキーは僕は好きでした。
平成初期にオープンしたこの規模のスキー場は、運営主体は地元自治体によるもので一連のスキーブームふるさと創生1億円(地方特別交付金)を持って地域振興を目指しました。
御嶽山周辺の自治体(長野県木曽郡)は元々、脆弱な財政状況にありながらも、スキーブームに乗っかって主に中京圏からのスキー客を見込んで大駐車場完備のスキー場が数多く作られました。
しかし、平成の大不況に加えてレジャーの多様化により客足は遠のく一方。そこで夏山登山や御嶽信仰の夏季需要の掘り起こしに舵を切ったものの2003年10月にはゴンドラがロープを滑走したのちに急停止、反動で乗客2名が振り落とされ転落死する事故も発生。以後は売上が低迷してしまい、2010年冬以降、御岳ロープウェイスキー場休止となりました。

おんたけ交通1439

松本22あ1439

U-MS729SA

チャオ御岳スキー場

2004年1月24日

アセアセよく見たらこれは御岳ロープウェイスキー場ではなく、隣のチャオ御岳スキー場でした。

このスキー場も1991年にJR東海地元自治体の第三セクター方式による企業体:飛騨森林都市企画(株)により1998年に開業しました。

おんたけ交通1439

松本22あ1439

U-MS729SA

チャオ御岳スキー場

2004年1月24日

御嶽山北麓に位置し、岐阜県大野郡高根村(現在の岐阜県高山市)にあったため距離的には飛騨川からも木曽川からも遠く、同じく高根村内の日和田高原オケジッダスキー場とともに1998年頃はまだ活況を呈していた19号線に近いスキー場(御岳(御岳ロープウェイ)薮原など)の混雑を避けるべく穴場スキー場としてスキーヤー⛷️・ボーダー🏂が目指しました。

おんたけ交通

チャオ御岳スキー場

松本22あ1230

三菱P-MS725SA

2004年1月24日

おんたけ交通チャオ御岳スキー場への路線として予てから運行していた濁河線(木曽福島駅ー濁河温泉)を同スキー場へ立ち寄る形で延長していました。御嶽山噴火木曽地域公共交通機関ネットワーク維持に伴い濁河線はしばらく休止したのち2018年に廃止となりました。



JR東海バス647-8953
三河200か・215
日野U-RU2FSAB(

チャオ御岳スキー場

2004年1月24日

チャオ御岳スキー場JR東海との観光開発であったためJR東海バスによる中京地区からのスキーバスが運行されていたようです。しかし2013年にJR東海が運営から撤退、JRが保有する株式の大半をスキー場・ホテル・ゴルフ場の運営を手がける株式会社マックアース売却、更に翌2014年には御嶽山噴火に見舞われます。幸いにも被害は無かったものの風評被害ツアーバスの規制強化に伴い年末年始の利用者は半減、通期でも6割に留まりました。

2017年シーズンは休止をアナウンスしたものの後に撤回し営業に漕ぎ着けました。但し2018年1月〜は週末のみ営業となり行き当たりばったりの営業からも末期はかなり混乱した事が伺えます。のちに運営会社が東京都中央区の事業者に渡り夏季営業と冬季営業の再開をアナウンスしたものの施設はそのままに放置に近い状態。

2023年12月、飛騨森林都市開発は国有地の使用許可が下りず、国から原状回復や返還要求が出されている状態なのだそうです{emoji:020_char3.png.ガーン}