人工知能の発達により職が失われるという。しかし、そうなる事で人間が要らなくなると書かれる記事は見た事がないように思える。人工知能に職を奪われるという事は、人間が働かなくても社会が回るという事だと思う。社会とは人間社会を指していると思う。つまり、人工知能が人間の代わりに生産・流通をしてくれるという事だと思う。
さすがに人工知能が人間の代わりにモノを消費するという表現は不自然過ぎるので止めるが、自動車が燃料を消費するように、人工知能も何かを消費するかもしれない。実際に電気は消費してるか。
話を戻すと、人工知能が生産・流通の過程で関与してくると人間が働かなくても社会が回るかもしれない。これは、人間がある仕事をしないでも生きていける事を意味すると考える。そして、人間は能動的に自分のしたい仕事を選べるようになるだろう。仕事とは、人間社会をより良くする作業だと考えている。それをする事で人間は自尊心を持つし、相手に敬意を払うし、人間同士コミュニケーションを取るのが楽しいと思う。つまり人間は自分に適した仕事を探すようになると思う。そして、それは人工知能が発達して一部の仕事を人間の代わりに行うようになる新しい社会での一つの自然な帰結のように感じる。一方で堕落する人間も出てくる事は否定しない。しかし、そこは今までとは違う新しい社会である。人間の歴史を長期的に見ると、堕落した人間が他者に損害を負わせたり、自殺する事を許す社会になるとは考え辛い。その問題を乗り越えて新しい社会が形成されると考えるからだ。もしくは、その過渡期になるかもしれない。
人工知能が発達するという事は、新しい知能の形式ができる事だと思う。それは、人間の脳の挙動が解明される、もしくはその為の新しい考え方が発見・発明される事を意味する。それにより解決される問題の一つに高次脳機能障害者が健常者と上手いコミュニケーションが取れない問題が考えられる。新しい知能の発見・発明により、健常者の差別的な目はなくなると思うし、障害者にとっては自分をよりスムーズに成長させる材料になる。そして、その社会に働きかけるような運動は、高次脳機能障害当事者達の会のようなコミュニティーから始まり、企業、地方自治体や、国までを動かす事となると考える。その根拠の一つは、人工知能研究から導かれるのではないか?
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