5月27日発売した。

ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 乙女ノ五重奏


取りに行ってきました。



CANNANの日記

予約特典もついてうっはうはwwww


まぁ、どういうゲームなのかちゃんと内容は把握していませんでしたが、どうやらお祭りで演奏することになった彼女たちの目線でその練習風景や、日常を見ていくというようなゲームだった。


なんというか、もう百合以外の何者でもないって感じのゲームだ!(嘘つけww




アニメで見てておもったんだけどアメイジング・グレイスという曲、そういやぁあれは誰が作ったものなのだろうとおもって調べてみましたよ。


どうやら、もともと黒人を奴隷としてその奴隷たちを運ぶための船の船長さんが作ったものらしいです。


一度、奴隷としての黒人を船で運んでいる途中、嵐にあい、危険な状態でもう海に飲まれそうな勢いだったらしいです。そのときその船長さんは、初めて神様に祈ったそうな。


それ以来彼はその日をもうひとつの自分の誕生日と自ら決めたらしいです。その後の6年間も彼は奴隷を運び続けた。その後、彼は病気にかかり船を降りた後、勉学に励み、自ら牧師になったそうな。


そしてこの曲を作り、自分がしていたことに対しての、黒人奴隷貿易に関わったことに対しての深い悔恨と、それにも関わらず赦しを与えた神の愛に対する感謝が込められているといわれているそうです。



もうとてもなける話で、アメイジング・グレイスという曲に出会えて本当によかったなぁとおもう。



そして、この曲に出会えたことに関して、ソラノヲトの美少女たちに感謝するw




私たちが住むこの世界では、非現実的なことというのはアニメや漫画のような世界のことを指すことが多い。


しかし、もしそれがこの世界で起こりえないことが起こったとしたら、それを非現実と見るか、現実と見るか。


この世界では、魔法や超能力などという、人を超越したものはないといえるが、もし、そんなことがあるとしたら

それは現実ではないと言い切れなくなる。


なぜなら、もうこの世界そのものが現実なのだから、たとえ、起こりえないことが起こったとしてもそれを現実としてみるしかないのだ。


結局、この世界で言う非日常的なものというものは実現してしまえば、現実のものであるのだ。


たとえば、私たち普通に暮らしている人たちにとって善の世界が普通だが、闇の世界では、そこに住まう人たちにとってはそれが日常的なものなのである。


なので、この世界でいう非日常的というものは存在しないと私はおもう。


上記で述べたように、もし魔法や超能力が現実のものとなれば、それは現実のものになる。

ありえないことがおきてもそれが現実なのだ。


そう考えると私たちにとっての、本当に非現実や非日常とはどういものなのだろうか?




私はふと思った。


人は失敗や成功、人とのかかわり、物とのかかわりによって、さらにはその全てにおいてそれ以外のものを含めた環境の中で成長していく、さらには、その環境によって、性格や体格、人間性なども変わってくる。


そして、そうやって成長していく子どもを親はどう思うだろうか?


親というのは子どもが小さいうちは何事も成功を祝ってあげるだろうし、親としても成長していく子の姿というのはとても可愛く感じるだろうし、その成長というものに喜びを感じる。


しかし、親は子どもがある程度成長すると目を離してしまう。


そこで見放された子どもはどう思うだろうか?


その結果、子どもというのはひねくれた人間になってしまうし、悪い行いしかしないようになる。


それは人間の心理におけるものであり、当たり前にでる衝動的なものなのである。



ここで私が言いたいのは、どんな子どもでも可愛がっていても親から当たり前のように離れてしまう。


だが、あまり甘えさせない程度にゆっくりとこちらからも距離を離してやるのが子どものためではないのだろうか?


どれだけ心配しても、子どもにも仲間と呼べるものができる。



そして、次に、親の代わりとなるのがその仲間であり、親の代わりとしてその仲間が成長していくその仲間を見ていく、それが人間というものではないだろうかと思う。



むしろ、友達関係に悩んでいる人でも、やはりここは重要箇所であるといえる。


友達の成長していく姿、自分が成長していく姿。


これは当たり前すぎて見えないものであるから、大切にするべき事柄ではないかと思う。


友達の成功、友達の失敗、友達の喜び、友達の悲しみ。


自分の成功、自分の失敗、自分の喜び、自分の悲しみ。


この二つは決して見放してはならないものである。


これをよく理解することでお互いを認め合うことができるのではないか。


私は結果的にそういう結論にでた。


人にとって認められることや、みてもらうことがどれだけ重要なことか。


人というのは誰もが自分を大切にしてほしいと思う。


これは人間として当たり前なので、もし、自分を誰かに認めてほしいと思うのならば、まずは相手の成功、失敗、気持ちなどの面で理解してあげてはいかがだろうか?


結果はあとでついてくる。というのは本当のことだし、これこそ努力するものは報われるというようなものよりも信憑性は大きいように思う。


むしろ、努力するものは報われるというのは結果的に、結果はあとでついてくる。ということなのかもしれない。


と、私は思う。



もし、人間関係で悩んでいるのであれば、あわてず解消していくべきだろうし、子育て疲れているのであればゆっくり考えなおすべき部分を見つけ出すべきだろう。


特に誰かのためと思うのならば尚更のことである。




End