今回は20代後半の男性の例です。学校を出てからは作業所に通っていました。

保護者の方は、余暇に何かしら出来ることは、と探していました。そこで障害者スポーツの団体に入会しました。

母親がいろいろなスポーツの会場に連れていくのですが、会場まで来ても、人が多く集まっていることが嫌なのか、すぐトイレに逃げ込んでしまいます。

一度トイレへ逃げ込むと、どんなに説得しても頑として出て来ません。「もう帰るよ。」と言うまで閉じこもるのです。

せっかく保護者の方が連れてこられているので、どうにか一緒に参加させることが出来ないか考えていました。

泊りがけのキャンプなどにも参加してみましたが、やはりトイレに2日間、閉じこもっていました。

たまたま数日宿泊の大会がありましたので、そこに参加することで、何とか一緒に頑張れれば、と考えたのです。水泳の大会でしたので、競技自体には参加できると考えたのですが、普段とは全く違う環境の中で、コーチも色々と忙しく、初日はボランティアの方に常にすぐ隣にいていただいたのですが、やはり会場に着くと振り切ってトイレに逃げ込んでしまいました。歩行などには問題ないのですが、もしや、と考え、移動などに際しては車いすを用いて、部屋も担当者と二人部屋、と色々考えてみました。

それでも初日はトイレに逃げ込まれたので、2日目は隣に担当者が座り、緊張からか体が小刻みに震えたりすれば「大丈夫だよ」と声掛けを絶やしませんでした。どうにかプールまで付き添い、ゴール地点に担当者にいてもらい、競技には参加することができました。

この団体は、精神に障害のある方や発達遅滞の方にもスポーツを楽しんでほしい、との主旨で行なっています。それまでの経験から、大きな大会などに参加すると、発達遅滞の方は会場の雰囲気などで緊張してしまい、普段の練習などでの実力を出すことが難しいのですが、自閉症など発達障害の方は逆に強い緊張の脱却を計るために、分かりやすいことに対して必至、といっていいほどの関りを見せます。今回もプールに入れば普段の練習以上の力を発揮していました。

そして形ばかりの表彰ですが、前に出てみんなから大きな拍手をもらうことが出来ました。

初めての場所、数日とはいえ親元を離れているので、頼れるものがコーチだけでしたので、コーチの指示には割と従ってくれていました。

それからはそのコーチがいると、トイレには逃げ込まずに競技に参加できるようになりました。そして次は参加するだけでなく、頑張ること、そして笑顔を見せてもらいたい、と考えました。保護者の方も大会に出られたことで、以前より期待を持って参加してくれました。

その次の大会は冬期の競技になります。

その冬の大会には、かんじきを履いて雪の上のコースでリレーに参加をすることを保護者と相談して決めました。普段は雪が無いところなので、砂浜で練習をしました。このころにはみんなと練習も出来るようになり、トイレに逃げることはほとんどなくなりました。

そして大会当日、あいにくの雪交じりの天気の中、コースを一人一周、四人一組のリレーを頑張ることが出来ました。頑張ったかいがあり、今回は一位でゴールできました。そして表彰台で仲間と共にメダルを掛けていただき、そのメダルを誇らしげに前に出して記念の写真に納まりました。

 

どうでしょう、就学前、もう一人は20代後半の方でしたが、一般的常識とは異なる自閉症の表象が見られたのです。

おさらいします。2例とも一番の収穫は皆の中でガンバルことが出来たこと、そしてそのガンバリが誰にでも分るものだったこと、そして何よりも結果に限らず笑顔を見せられたこと、それも筋肉の弛緩ではない、皆と同じような喜ぶ姿だったこと。

改めて、自閉症という言葉で常識的に使われていますが、現実的にはその障害について原因も含め殆ど何もわかっていないのです。

その中であまりにも多岐に渡る不適応行為、行動にその時点で対応するというとても大変な作業を、関わる保護者を始めとする人たちは、その対応だけでさえ追われていたことが分かります。

自閉症、発達障害等と呼ばれている不適応行為、行動に対してその原因などを理解できれば、関わる人たちは、もっと自閉症などの障害児者とコミュニケーションをもてるのでしょうが新年会などの催しや日頃の練習などでは、もう逃げることはなくなり、みんなと一緒にそれなりに楽しめるようになりました。

実はこの団体の中心となり頑張って障害者と接していた方が病気から亡くなられました。

その方のお葬式の時のことです。喪服を着て御家族の方と一緒に参加していました。

当然ですが、普段の集まりとは全く様子が違います。どのくらい本人が何を感じて考えていたかは分かりません。もちろんある程度の緊張を持ちながら、椅子席でしたがきちんと坐っていました。

式も終わりかけた頃、さすがに緊張が続かなくなったのか、体が震え出しました。いつ飛び出すか、というようなことも考えられました。たまたまそれを傍にいた一人のコーチが気付き、「大丈夫だよ。」と軽く肩を叩きました。正気に戻るという言葉がピタリと当てはまるような顔でコーチの方を見上げ、それからはまた終了時まで落ち着いていることができました。その肩を叩いたときの光景は、周りの人も何らかを感じたのか、それなりの表情を見せていました。

周りにいた方もそれなりに自閉症者との関りがあります。自閉症者のこだわりの強さからくるコミュニケーションの難しさなどは、皆、経験的にも知識的にもある程度分かっている方ばかりです。ですから逆にこんな光景に少し驚いたのかも知れません。

 

自閉症、発達障害と呼ばれている障害は、本来あるべきはずの人の思考機能の発達に対して、日進月歩という文明文化の発展の中で、あまりにも急速に情報量が増えたことが原因だと考えています。それまでの私たちの思考機能の仕組みでは、その増えた情報量に対して理解などがとても追いつけなくなったのでしょう。思考機能の破たんを防ぐため、それまでの思考機能の仕組みに変移をもたらしたこと。

その変移は情報や刺激に対してその経験的行為、行動の軽減、またそこに付随する感情なども制限する仕組みに変移、進化的な対応をしたことです。

しかもこの変移はそれまでと同じように遺伝として伝えていくことから、親から子、子から孫へと、という形で、子どもたちにその機能が強く表れてきたのでしょう。

ですから思考機能の発達の仕組み、母親の胎内で受け止める原知覚の仕組みにも、既に変化という影響が現れてきているのでしょう。

自閉症児の改善例については、他にもありますので、順次書いていきたいと思います。

改善として書いているのは、自閉症児の個人個人の年齢、それまでの経験、以前にも書きましたが、家庭環境の違いなどから、表象も異なるということを考えてください。

基本的に、思考機能の発達が滞っているところから、強い緊張下に置かれていることが表象のほとんどの原因だと考えています。

その緊張を取ることで、私たちと同じような、人と人が関わる中での思考機能の発達という状況を構築したいのです。

例えば、人が集まる所で強い緊張からとても考えられないような飛び跳ね、横回転などを見せる子がいます。ほとんどの方は、その異様さから驚き、その対応もどうしても強いものになるでしょう。ですが簡単に肩などを軽く叩いて「大丈夫だよ。」と声かけをすることで、その行為が止まることなど信じられないかも知れません。そして改めて大事なことは、その行為により、そのとき人間関係というコミュニケーションも発生があるのです。自閉症児にとってはその行為は、とても強い緊張からの脱却という大げさでなく、必死の行為です。

それを速やかに解決をしてくれた人に対しては、それなりの感覚が生まれるのでしょう。

行為は一瞬ですが、そこから始まる人間関係は、もしかすると人生とまで言えるような関係になるかも知れません。