国民投票制度、ベーシックインカム制度の導入には、まだしばらく時間がかかると思います。

では、直近ともいえる問題について書きます。

来月になると国会が始まります。衆議院議長が統一教会との関係を疑われている方で、問題はないのでしょうか。

現在、どうして統一教会の宗教法人としての資格取り消しについて、進められていないのでしょうか。

穿った見方をすれば、自民党に対して良くない事実が、教会側から暴露されるからでしょうか。

国会では、当然、与党は物価高について審議を進めると言い、野党の統一教会に対する追及を妨害のように言うでしょう。

日本ではまだ物価高に対する対策には余裕があります。

日銀の政策などもその一つでしょう。

単純に、円安では企業収益には減益とはなっていません。

それどころか利子、配当の差額利益から黒字化しているところも多いのです。ですから税収も伸びています。

庶民が苦しんでいても、耐えられる範囲だという判断を発表しています。

物価高に対する審議は、早急に解決して、少しでも今後の日本の在り方について話し合ってほしいのです。

そこでは、単に欧米との比較で話すのではなく、本質的な日本という国の将来を考えた話をお願いしたいのです。

単に、賃金を上げる等の話ではなくて、御老人の方が、家にかなりの預金などを持ちながら、その使い道もなく詐欺に引っ掛かったり、また本当に、明日をも暮らせるかどうかという孤独な老人もいます。これは若者にも言えるかもしれません。

このゆがみ、ひずみの原因はどこにあるのでしょうか。

私は、終戦後、焼け野原からの復興に一丸となった基底感性が現代、ある程度の裕福な時代となった今、そこに必要な精神的発展をないがしろにしているからだと思います。

日本は、欧米など他国とは異なり、国土も限られている島国です。その中で、人と人が助け合って楽しく生きていくという文化が根づいていたはずですが、それが間違いの資本主義、競争を助長する精神性、それが学校教育から始まってしまったことが一番の問題だと考えます。

改めて、日本語教育から始まる一つ一つの具象に対して深い思考的精神を育む教育が必要だと思います。そしてそれが、一人一人が関わり合うことの楽しさ、素晴らしさに繋がれば、少子化などの根本的な問題も解決できると思います。

少子化などの問題は、決して経済などの問題ではなく、一つにはこの情報化の中で、人々が混乱、選択に対して強い想いが持てないこと、そのような想いが育まれていない中で、安易な子育てが行われることから、多くの悲劇、それが結局、少子化につながるのです。