夏みかんをいただきました。
夏みかんを見ると必ず思い出すお話です。
私の生まれは徳島県鳴門市撫養町。
父が軍医で赴任した撫養町が気に入り、
開業したその町で生まれました。
何もおやつがなかった時代、
母からもらった夏みかんを大事に持ち、
遊びに出かけました。
酸っぱいすっぱい、今では想像のできない位
まずい夏みかんだったと思います。
硬くて剥けません。
男の子が剥いてくれました、、、
「むけたよ」と渡された真っ黒な夏みかん
「アーー😮💨」幼なかったけれど流石に食べれなかったのでしょう。 「あげる、、、」と
大事なおやつを差し出したその時の光景が
今でもまざまざと思い出されます。
もう一つ、おやつと言えばさとうきび畑。
生えたままのサトウキビの先っちょを齧って甘さを楽しんだのは幻だったのでしょうか?
姉たちに聞いても
知らないって言われるのです
70年前の家族写真
私はいくつだったのでしょう?
家を出て右手に映画館がありました
どんな話か覚えていませんが
シルクハット、燕尾服の子供の看板写真は
幼いながら「ウーン」だった記憶が、、、
小さな私は紛れ込んで映画を見ました。
そして鳴門と言えば阿波踊り
母の長襦袢をリメイク?してもらって
大人に混じって踊りました。
最初から最後まで弱音を吐かずに踊りきり、
すごい根性だと言われたのを思い出します。
夏みかんを見ると思い出す遠い昔
若かった母ももうすぐ110歳になります。
信じられない時の流れです😊