アニメ絵本の功罪 | 叙情夜話ブログ

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コバルト文庫・破妖の剣について語っています。ネタやレビューや考察など色々。
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どこのご家庭の床にも一冊は落ちているであろう、アニメ絵本。
(拾えよ)



子供の頃、誰もが一度は手に取ったことがあるであろう、アニメ絵本。
(読めよ)



アニメの動き、声優の会話はとてもテンポが速く、幼い子には内容までは把握できないかも知れません。
そんなとき、このアニメ絵本でおさらいして、やっとストーリーの意味がわかるということもあるのではないでしょうか。
一般に絵の方がわかりやすいとは言っても、やはり細かい部分の表現は「文章」が圧倒的に勝っていると思えます。
(文章書きとしての無駄な対抗意識)

今は字幕が表示されるので、キャラが何を話しているのかわからない、といったことは無いでしょう。
そのうち廃れていくのではと、少し寂しい気持ちです。



「原作に似せた絵を描ける」専門の人は、今ならpixivで漁ればいくらでも出てきますが、昭和の頃は一体どこで探してきたのでしょうか。必ずしもアニメーター出身とは限らないはず。


絵柄だけでなく、「こんな話あったっけ?」というものも稀にあります。内容がアニメ放映当時とは微妙に変えられているのです。


失くしてしまったので、この本かどうかはわからないのですが……。


本の最後に、「(パズーとシータは)これからも二人で力を合わせて生きていくことでしょう」と書いてあった記憶があります。

しかし映画では、どうもあの後、別々に暮らしたらしいと知って、驚いたことがあります。
言われてみれば、『君をのせて』の歌詞は、パズーがシータの住んでいるあたりを空から見下ろすような感じになっています。
一緒に暮らしているなら、確かにあの描写は不自然ですね。当時子供だった私には、歌詞を疑問に思いつつも、そこまでは読み取れませんでした。



強烈に印象に残っているのが、『ふしぎな島のフローネ』の打ち切りエンド。


タイトルからして、原住民の少女のファンタジックな話と思いきや、船が沈んで無人島に漂流した一家の苦難が描かれるという、かなりヘビーな内容のアニメです。
(『家族ロビンソン漂流記』という副題がついているので、大人にはちゃんとそういう話だとわかる)

私が読んだ本では、「今日も船は見えません。けれどみんなはきっと助けが来ると信じているのです」で終わっていました。なんと、救助船がこないまま終わるのです。

こちらは絵本から入ったので、アニメでは無事に助けが来て故郷に帰れると知ってほっとしました。
週刊連載漫画でもあるまいに、何故あんな半端な形で終わらせなければならなかったのか、未だに謎です。




アニメ絵本は所詮副産物で有り、文章にもナチュラルな改変が行われていることがあるので、あくまで別物として楽しむのが正解です。

稀にですが、「アニメは知らないが、アニメ絵本は読んだことがある」という、今で言えば「アニメは観ていないが二次創作から先に読んだ」子もいたかも知れません。
その際、彼らは改めて公式のストーリーを受け入れられるでしょうか。別の人が書いたものを気に入って、「こちらが原作でいい」という考えもあるくらいです。


何も知らない子供にとってはアニメ絵本も公式なのですから、あまりにも行きすぎた改変は同人誌でやるべきです。





そもそもフローネの元ネタは全員男兄弟という