■非公表からの旅立ちマイスラ
カガーシャ「あっ、いたいた。マイダード」
マイダード「何か用か?」
(不機嫌そうな顔で振り返るマイダード)
(知らぬげに嬉々として歩み寄る黒髪の美女)
カガーシャ「スラヴィを見なかった?避けられてるみたいなのよ」
マイダード「……話は聞いてる」
カガーシャ「あら、スラヴィから聞いてたの。やっぱりあの時匿ってたのね」
(追われているスラヴィをベッドに匿ったのは先日のこと)
マイダード「なんでも、知り合いの男に、スラヴィを紹介してくれって頼まれたとか?」
カガーシャ「ええ。以前お世話になった方の息子さんで、元は浮城の住人だったのよ。それで、恋人のいないスラヴィにどうかと思って」
(恋人のいない、を強調するカガーシャ)
マイダード「要は見合いの話ってことだろ。残念ながら、あいつはその気はないってさ」
カガーシャ「ちょうどいいわ、マイダードからも説得してよ。会うだけでもいいからって」
マイダード「あのなあ。(小声)おれがスラヴィ好きなの知ってて、よくもそんな……」
カガーシャ「でも、まだ付き合ってるわけじゃないんでしょう?」
カガーシャ「マイダードと一緒になるからって言えば、私だって引き下がるのに、そんな話は一言も出なかったわよ?」
マイダード「痛いところを……」
カガーシャ「せっかく美人なのに、いつまでも独りじゃ勿体ないじゃない」
マイダード「………」
マイダード「そんなの気にしなくても、お前さんなら、いくらでも縁談の口が……」
(慰めかけると、ころっとした表情で顔を上げるカガーシャ)
カガーシャ「っていうのは建前で、実は先方に紹介料もらっちゃってるから、今更断れないの♪」
マイダード(この女………)
カガーシャ「だ・か・ら。マイダードの口からもお願いしてみてよ。スラヴィの気持ちもわかるし、一石二鳥じゃない?」
マイダード「………」
カガーシャ「じゃ、よろしく~」
(軽やかに背中を向けて去って行くカガーシャ)
マイダード「………」
スラヴィ「これいらないから、食べてくれない?はい、あーんして」
マイダード「しょうがないのは旦那だ!」
(珍しく突っ込みに回るマイダード)
(スラヴィの手を握って、オルグァンの口に箸が届く寸前で阻止)
マイダード「おれが言うのもあれだが、旦那はスラヴィを甘やかしすぎ」
オルグァン「そうか?」
マイダード「嫌いなものでもちゃんと食わせないと、本人のためにならないんだぞ」
オルグァン「しかし、蕁麻疹が出ると、本人が……」
マイダード「だったら最初から入ってないやつを頼むはずだろう?単なる好き嫌いなんだから、騙されるな」
スラヴィ「……」
マイダード「ほらスラヴィ、旦那が困ってるだろ。箸下げて」
スラヴィ「……マイダード」
マイダード「ん?」
スラヴィ「食事が終わったら話があるから、ちょっと面貸してくれない?」
マイダード「わかった」
オルグァン(面……)
マイダード「見合いの話をはっきり断らずに逃げ回るなんて、スラヴィらしくないと思ってたんだ。さっきだって、おれが食堂に入ってくるのが見えたから、あんなこと……」
スラヴィ「違う!話を逸らさないで!」
マイダード「おれの本心がわからなくて、不安にさせたんだな。ごめん」
スラヴィ「……」
(五分経過)
(ゴッ)
(マイダードの顎に頭突きをするスラヴィ)
マイダード「痛ってえ……」
スラヴィ「さっさと理由を話しなさい!」
マイダード「そう怒るなって……おれだって、色々考えてるんだから」
スラヴィ「何をよ」
マイダード「お互いの将来のこととか、もう少し恋人気分でいたいな、とか」
スラヴィ「……意味がわからない。公表すると、恋人じゃなくなるの?」
(混乱しているスラヴィに、深くため息をつくマイダード)
マイダード「おれたち、十代の頃、よく二人で遠出したりしてただろ?」
スラヴィ「ええ」
マイダード「あの頃からおれは、上の連中に警告を受けてたんだ。仲がいいのもほどほどにしろって」
スラヴィ「何よそれ。わたし、そんなの聞いてないんだけど」
マイダード「言ってないからな」
スラヴィ「どうしてマイダードにだけ?怒られるなら、わたしだって」
マイダード「おれが男だからだろ」
スラヴィ「?」
マイダード「だから……」
(まだわかっていないのか、といった顔でスラヴィを見つめるマイダード)
(困った表情で、こりこりと頬をかく)
マイダード「破妖剣士として育成中のスラヴィに、間違って子どもができたりしたら困る、って言われたんだ」
スラヴィ「!!」
マイダード「万が一スラヴィから迫ってきても、おれさえしっかりしてれば済む問題だし……」
スラヴィ「ふざけてる……!あの頃は、一刻も早く優秀な破妖剣士になりたくて、必死な時期だったのに。そんな風に見られてたなんて……!だいたい、わたしがマイダードに迫ったりするわけないでしょう!?」
マイダード「今はそれに入らないのか?」
スラヴィ「……」
(さっ、とマイダードから身を離すスラヴィ)
(苦笑するマイダード)
マイダード「スラヴィを責めるつもりはないんだが、抱きしめたくなるのを我慢するのとか、結構しんどかったんだぞ。大人になって、初めて受け入れてもらえた時は、天にも昇るような気持ちだった」
スラヴィ「……」
マイダード「そういうのが態度に出てたんだろうな。先日また呼び出しを食らって」
スラヴィ「だから、どうしてマイダードだけ!」
マイダード「叱責されるのかと思ったら、今度は逆で、平和な世界が戻りつつあるから、今のうちに子どもを作っておけって話だった」
スラヴィ「な……!」
マイダード「先の事件で、浮城の人口は激減しただろう?元凶は姿をくらましちまったし、上の連中にしてみりゃ、昔みたいに住人同士の婚姻を推し進めたくなる気持ちもわからんでもない」
スラヴィ「もしかして、カガーシャも上の指示を受けて、わたしにあんな話を……?」
マイダード「その可能性はある。能力者を産ませたいなら、相手は別におれじゃなくてもいいわけだ」
スラヴィ「道理で強引だと思ったわ。でも、だったらなおさら、わたしたちが付き合ってるってことを隠す意味がないじゃない。さっさと公表した方が……」
マイダード「スラヴィは、それでいいのか?」
スラヴィ「え?」
マイダード「公表したら、それなら早く産めって、しつこく言われることになるかも知れないぞ。おれは子どもの世話とか好きだし、いつでもいいけど、スラヴィは……」
スラヴィ「……」
マイダード「破妖剣士の仕事、楽しそうにしてるもんな。無理にとは言わない。ずっと傍に居られるなら、どんな形でも構わない」
スラヴィ「……」
マイダード「おれからは以上。後は、スラヴィがどうしたいか聞かせてくれ」
スラヴィ「……」
スラヴィ「駆け落ちするわよ!!」
(かくて、破妖剣士と捕縛師は旅立つ)
(わずかばかりの荷物を持って、誰にも干渉されない新たな土地へ)