さて隋書倭国伝(ずいしょわこくでん)のポイントですが、
まず正しくは俀国伝と(たいこくでん)書かれています。
そして王の名前が多利思比孤(タリシヒコ)とされていますが、
原文では多利思北孤(タリシホコ)と書かれていること。

この二点は日本の歴史学界が勝手に書き直しをしているところで、
もしかしたら改ざんかも知れないということを
注意しなければなりません。
 
日本史学界がよくやる悪しき習慣です。

大切なのはこれが伝え聞きではなく
俀国(タイコク)によって正式に書かれた国書が隋の煬帝に提出されていることと、
俀国(タイコク)の使者本人が鴻櫨卿(コウロキョウ・外務大臣)にそれを読みあげているだろうということです。
しかも返使、文林郎斐世清(ブンリンロウ ハイセイセイ)を遣わしているので間違いがあればこの時点で訂正されているべきです。
つまり正式に伝えられ、記録された国交文書に
現代日本人に「間違いだろう」程度の判断で書き換える権利はないのです。
事実をそのまま受け止めること、ここからはじめなければなりません。

つまり俀国(タイコク)の男王、タリシホコが煬帝(ヨウダイ)に使いしたという事実、
まずこれを受け止めなければいけません。
ここから日本の古代が見え始めてくるのです。