永遠なれ 1964東京五輪 ～ ある中学生の遠い記憶と想い ～
第９想 不振の日本水泳陣
オリンピックの花形競技と言えば、陸上と競泳であろう。種目が数多くあり、しかも人間の能力と体力と技の限界に挑戦している様子が直に伝わるようで、スリリングである。勿論、どの競技も人間の持てる全てを出して競っている訳であり、陸上と水泳だけが特別ではないのだろう。でも、やはり一般にポピュラーな競技であり、誰もが知っていて親しんでいるのが陸上と水泳だろうか。
1964東京五輪では、水泳競技は期間の前半に実施された。日本では、水泳といえば真夏のスポーツであり、10月という季節は若干ながら季節外れの観があった。だがしかし、オリンピックの舞台ではそんなことは言っておられず、涼しいどころか、熱気ムンムンの様相であった。水泳競技は、国立代々木室内プールで開催された。あの丹下健三が設計した独特の形状の屋根を持つ建物であり、現在でもNHKテレビの天気予報の導入画面として映し出される。
当時の日本のメダル候補として期待されたのが、男子では山中毅、女子では田中聡子である。ともに、メルボルンやローマのオリンピックでメダルを獲得している。開催国である日本からは全種目に多数の選手が出場しており、小生はテレビで日本選手の活躍する様子を期待して見ていた。だがしかし、日本選手は予選敗退、準決勝敗退がほとんどであり、決勝まではなかなか進めなかった。そんな状況を、小生はイライラし、ガッカリして見ていた。多分、日本中のほとんどの人々も同様であったろう。勿論、日本選手達は必死で頑張っていたのだろうが。
片田舎にいた小生でさえ、クロールの山中毅は知っており、メダルを取ってくれるに違いないと思っていた。山中のそれまでの実績がそう期待させるし、テレビでも何度も泳ぐ姿を見ていた。“ダイ４ノコーーース ヤマナカクーン”という、あののんびりした場内アナウンスを聞いて、ワクワクしたものだ。その山中が400ｍ自由形決勝で６位になり残念だったが、そのうしろ姿が淋しく見えたのを覚えている。やはり、もう盛りを過ぎていたのだろうが、それでも頑張った。
女子100ｍ背泳ぎの田中聡子もメダルを期待され、決勝まで進んだ。その決勝は日本中が見守ったが、おしくも４位に終わり、メダルに届かなかった。期待を裏切ってなんだと、当時思ったものだが、今となっては田中の胸の内を思うと、逆に小生の胸が痛む。メダリストはその後の人生において、何かと優遇されているように思えるが、そういう意味で、その後山中や田中の名前を聞くことが極端に少なくなったように感じる。現代と異なってマスメディアなどでの活躍の場が少なかったせいなのか。
競泳で、日本が取ったメダルは銅メダルで、男子４×200ｍ自由形リレーだったと思う。その当時は、銅メダルがたったの１個かと残念に思ったが、それでも１個でも取れてホッとした気分にもなった。“フジヤナのトビウオ”と呼ばれ、世界からその活躍が称賛された古橋広之進がいたことを思うと、なぜ日本の水泳陣は弱くなったのだろうかと、少々疑問にもなった。単にテレビで見ても、外国選手との体格と腕力の違いが分かり、何の根拠もなしに日本人の身体の貧弱さに問題がある、と一人勝手に思ったものだ。
1964東京五輪の競泳で最も印象に残っているのが、米国のショランダー選手だ。一人で４個か5個の金メダルを獲得した筈だ。とにかく、米国とオーストラリアの選手が断然に強く、その体格が日本選手と比べものにならないくらい筋肉質で大きく、かつピチピチとした動きをしていることに驚いた。これは日本選手とは鍛え方が違うのかな、とも推測したものである。案の定、体格だけでなく練習環境も違っていた。オリンピックで活躍したショランダーの日常生活についてテレビで紹介しているのを見たが、自宅の庭に専用のプールがあり、そこで毎日練習していたという。日本では考えられないことだ。それを見て、アメリカの桁違いの裕福さに驚くとともに、これでは日本の水泳陣が勝てなくても不思議ではないと思った。戦後、貧しい中、日本の水泳陣が活躍していたが、それこそが驚くべきことだったのか、とも思った次第である。だが、スポーツで勝利するのは精神力だけではダメで、日本がオリンピックの競泳種目でメダルを獲得するのは、相当に遠い将来のことだろうと予感した。
そういう予感のことを思い出すと、56年後の2020東京五輪では、日本選手がどれだけのメダルを獲得するのか、興味津々である。1964年当時とは比較にならぬ程豊かになった日本は身体の逞しくなった若人を擁し、先端知識と先端技術を利用して技を磨き、競泳チーム一丸となって前回東京五輪の雪辱を果たせるのか？