ノボの生き活きトーク 461号: 1964東京五輪 その5 | 生き活きノボのブログ

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          永遠なれ 1964東京五輪    ~ ある中学生の遠い記憶と想い ~

 

第4想  東京五輪記念切手と硬貨

 

 1964東京五輪を記念して、1000円硬貨と100円硬貨が発行され、そして記念切手が発売された。硬貨は現金との交換で入手できたが、1000円硬貨は人気が高く、田舎ではなかなか手に入らなかった。加えて子供は1000円という大金を持っている筈がなく、交換したくとも出来ない事情があった。近所の知っている大人の人が1000円硬貨を首尾よく入手しており、それを見せていただいたが、大きめの硬貨は重くて貫禄があり、見るからに価値がありそうであった。確か、銀が含まれていると聞いたことがある。それに対して、記念切手はそう高価ではなく、入手し易かった。当時、小生は記念切手収集の熱意が少し冷めていたが、時折発行される記念切手で気に入ったものを一枚ずつ買っていた。1964東京五輪の記念切手も出来栄えが良く、勿論、何かの記念になると思い、買うことにした。

 あれは確か、1964年の10月1日だったと覚えているが、1964東京五輪の記念切手が発売された。この日も天気が良く、穏やかな秋晴れだった。小生は午前6時前には起きて、高鍋駅前通りにある蚊口の郵便局に行って入口のドアの前で並んだ。すでに2,3人が並んでいたが、小生の後にも10人程度並ぶ人がいた。並んでいる人は高校生や大人であったが、記念切手の話は勿論、オリンピックの話題でも盛り上がった。小生もそうであったが、とにかく誰もの気分が高揚しており、浮き浮きした気分を押さえることが出来なかったことを覚えている。何時に郵便局が開いたのか覚えていないが、とにかく記念切手のシートを入手して家に帰った。それから中学校へ行ったのだから、学校が始まる前には買ったのだろう。

 1964東京五輪の記念切手は切手帳に収めて、浮き浮きした気分でいつも眺めていた。そして、将来、その価値が上がるに違いないという淡い期待も抱いた。しかし、オリンピックも終わり、いつしか記念切手の収集熱も完全に冷めていった。高校を卒業し、実家を離れると、記念切手のことなど忘れてしまった。今では、その切手帳がどうなっているのか、どこにあるのかも分からない。はっきりと小生の記憶に残っているのは、その記念切手を買った朝の喜びに満ちた爽やかさだけである。