ノボの気儘な音楽トーク 32号: トン・コープマンのオルガンリサイタルその3 | 生き活きノボのブログ

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 J.S.バッハは、ブクステフーデからも学んであの巨大なオルガン作品群を創作した訳ですから、今回聴いたブクステフーデの作品は、J.S. バッハの作品を聴いた耳には質素に思えました。さて、前半の最後の曲、10番目は、カール・フィリップ・エマニエル・バッハ(C.P.E.バッハ)の『オルガン・ソナタイ短調』Wq.70/4H.85でした。C.P.E.バッハは、ご存じのように、J.S.バッハの次男であり、その当時父よりも名が知られていたといいます。C.P.E.バッハはハンブルクで活躍し、彼の墓はハンブルクの聖ミヒャエル教会の地下にあります。今年の2月末、ノボはその墓を訪れ、静寂で薄暗い地下空間で当時の様子を偲びました。

 ブクステフーデの5つの曲の後に、C.P.E.バッハのオルガン曲を聴いた時、同じオルガン曲でありながら、その音楽の違いに驚きました。いや、父であるJ.S.バッハのオルガン曲と比較しても、違いは歴然としています。親子の年齢差、たかだか数10年で音楽が劇的に変っているのです。それは個性の差ではなく、バロック音楽とそれから抜け出した新しい傾向の音楽との差です。そしてそれは古典音楽(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの音楽)に結びつくのです。様式こそソナタ形式ではありませんが、対位法から抜け出し、劇的な表現で分かり易く迫ります。バロック音楽の海にどっぷり浸かっていた人々がC.P.E.バッハの音楽を耳にした時、水平線上に新しい音楽の夜明けが来るのを予感したに違いないですね。

 後半は、作者不詳の『バッターラ・ファモサ』から始まりました。続いてブルーナの『聖母マリアへの連祈にもとづくティエント』、スヴェーリンクの『大公の舞踏会』SwWV319、『エコー・ファンタジア』SwWV253、『御子がわれらに生まれたもう』SwWV315と演奏されました。勿論、どの曲も知らず、初めて聴く曲でした。そのどれもがJ.S.バッハ以前の音楽でしたが、古い音楽でも多様性を感じましたね。そして何より、深い空虚な音から、賑やかな音、濁りを入れた音など、パイプオルガンの表現の幅広さを実感しました。リコーダ、フルート、オーボエ、ファゴットなどの音は、パイプオルガンただ一つで、当時の人々は経験していたと思いました。

 パイプオルガンが唸り出す時、エントランスホールでは、正面の楽器そのものからというよりも、直方体の空間の前方側面から音が聞こえてくるのに気付きました。ノボは、側面の反射音を感受していたと思います。ドイツのハレにある4本の尖塔を持つ聖母教会には、2つのパイプオルガンが設置されています。正面の古いパイプオルガンはJ.S.バッハが試演したことで有名なもので、新しいオルガンと比べると相当に小さい。しかし、それから流れ出た音楽は、教会の巨大な空間に柔らかく鮮明に広がりました。ノボは、その音に身震いしました。やはり、エントランスホールの空間では、パイプオルガンにとって物足りないのかも? (平成28年6月30日)