溜まったモヤモヤを抱えながら、ふと東京へ

桜が咲き始めた上野公園。

このところモヤモヤの密度がこれくらい高くて
お花のように美しければ良いけれど
心から花粉が飛び散った状態
老いること、患うこと、生きること
今は自分のための闘いがちょこっと続いてる
父がアルツハイマーになったことで
あらためて世の中の偏見を知った
家の中で変化していく父の姿に追いつかない気持ちと
うまく対処できない自分の未熟さとの闘い。
外に向けては、もう「頼れる人」でなくなった父への
世間の眼差しから父を護りたいと必死になった闘い。
認知症、呆ける、胃瘻、寝たきり…
どの言葉にも傷ついて傷ついて。。。
でも全部経験して、もがいてもがいて
私の中の闘いは終わったけれど
世の中は今もそう変わらない
少なくとも私のまわりの人たちには
我が家の介護から学び感じてほしいと思っていたけれど
偏ったところしか見えてない人が多いと思う。
それぐらい人の意識は変えられないのだ
介護だけじゃない。
病気、障がい、ジェンダー等々
無知と無理解に苦しむ人がどれくらいいるのだろうか。
親にも相談できなかった問題が私にもある。
歳と共に今は”この人なら理解してもらえるかも”と
思えたら話せるようにはなってきたけれど
それでも軽く思われてしまう。
本人の苦しみは伝わらないし
理解するために調べてみるなんて人もないみたい。
どんなに小さく見える悩みでも
本人には心が壊れそうなこともあるんだよ
もちろん介護の場合でも。
誰だって 誰だって 役に立つんだよ
この石ころだって 役に立つんだよ
フェデリコ・フェリーニの『道』の中で
学生のころからずっと好きな言葉。
どんな人も状態も環境も偏見を持たず
正しい知識を持って理解して
それぞれの環境で人を活かせる世の中に。
認知症+胃瘻+全介護の父だって
最後までちゃんと役にたってくれた。
人生は最期まで価値があるのだと
さて、東京では柴犬まるちゃんの追っかけになる私
今回もインスタを追って上野エリアを巡ってみた

(五條天神社 in 上野公園)

こちらは、まる温泉

(東大工学部キャンパス)
まるちゃんがいつも寛ぐ「まる温泉」

この切り株だってちゃんと役に立っている
*インスタ画像はお借りしてます