最近は特にこの言葉が胸に響く。
「伝統とは革新の連続である」
誰が言ったのかは知らないけれども。

革新への歩みを恐れていると、
伝統そのものが崩れてしまうということ。
守ることばかりを考えれば、
よき伝統を継承することはできなくなる。
そもそも、価値のある伝統とは、
質の高いイノベーションによって
生み出されたものであるはずだから。

旧態依然…。
変わること、変えることへの拒絶。
これは、どんな世界でも大なり小なりある。
守るべきものを温めつつも、
変えるべき時機を逃し失ってしまえば、
必要な革新なきまま、
伝統という財産を傷つけてしまう。
組織が大きくなればなるほど、
勇気ある革新への一歩は難しい。

それは、
人間それぞれの人生においても、
同じことが言えるのではないかな。

人生にはルーツがある。
幼少期に、親や周囲の大人から受けた教育。
年の近い先輩から教わったモノの考え方。
さまざまな角度から価値観が生成され、
やがて人それぞれの物差しができる。

その物差しを、
巻き尺のように伸ばしたり縮めたり
することは簡単にはできない。
新しく何かにチャレンジすることは、
自分の手の届く範囲の少し先に
あるものを掴みにゆくことだから。

頭も使う、体力も使う。
それを避け続けたならば、
自身のなかに革新を起こすことはできない。
すなわち、
自分のルーツが作り上げてきた
オリジナリティや可能性を
剥ぎ取ってしまいかねない。

オリジナリティは万人が有する財産。
「自分にしか出来ないことをやる」
という言葉はよく聞くけれど、
そんなのは、
すぐに容易に見つかるものではない。

やるべきこと、自分にやれることを
やり続けた結果として、
それが自分にしか出来ないことに
なり得るのだと考えている。

先日、30年ぶりに、
生まれ故郷を巡ることができた。
日々過ごした小学校や、
自転車で駆けた街並み。
変わった景色と、変わらない匂い。
幼い頃に考えていたこと。
子供なりに辛かった思い出。
自身が形成された根幹の部分を
あらためて探ることができた。

当時、通っていたスイミングスクールは
場所と形を変え、いまも残っていた。
厳しい指導をするスクールだった。
大学のアメフト部で同期として
共にプレーした仲間が、
実は、同じスクールに通っていたことが
最近になって分かった。
一緒に訪れてみることにした。
この七ヶ条はいまでもよく覚えている。
プールに入る前に毎度唱えていたから。

少なからず、この七ヶ条の内容が
その後の人生に影響を与えてきたことを
あらためて認識できた。

偶然にも、
30年前の当時から今も勤めるコーチに
会うことが出来て、お話を聞けた。
厳しい指導で有名だったスクールだが、
時代の流れのなかで、
次第にその指導論は変わってきたという。
それでも、
厳しさを求める保護者がいたり、
厳しい環境をあえて好む児童がいたり…
まさに、ルーツと伝統は、
失っていないという話だった。