「おい尾上。お前、大丈夫か? 酒に強いのは分かってるけど」
 三鷹が心配して訊くと、尾上は重々しくうなずいた。
 ヘルメット越しに顔色を見ると、尾上の目が笑っていた。
 彼は酔っており、この騒動を楽しんでいるのだ。
「黒川、お前のバイクを貸してくれ。俺のオフロードバイクじゃ飛ばせない」
 尾上が言った。
「えっ? だったら俺が行くよ。俺が宮城を乗せていくよ」
「いや、お前はアパートの場所を知らないだろ。俺が行ったほうが早い」
「そりゃ、まあ」
 黒川は鍵を渡さざるを得ない。
「だいぶ時間のロスをした。行くぞ!」
 尾上と宮城が、大仰な動作で走り出た。すぐにガレージのほうからエンジンの轟音が聞こえ、住宅街の中を去っていった。
 開け放ったままの玄関から、冷たい空気が流れ込んできた。
 蛙の声が、ことさらに大きく聞こえてくる。
 この時期、水田の蛙たちは、一気に孵化するのだ。
 まもなく、梅雨の季節なのである。

 つづく
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