ぼんやりさんの呟き

ぼんやりさんの呟き

かわりたいなぁと思う一児の母のひとりごと
自分の頭を整理していく為にこれ書いてます
暗いし解りにくいよー

ことばが欲しいの?

なぜ?

ことばに縛られたいの?

そうすれば、安心できるから?

ことばなんかで安心できるの?ほんとうに?


今ここにこうしていることが答えなんじゃないの?

求めたから、ここにいるわけでしょ?

きみが求め、わたし(たち)がここにいる

それ以上の意味がいる?

ことばで安心することになんの意味がある?


ことばなどなくても

一瞬のうちに伝わるものがあるのに

どうして記号になどこだわるのだろう?

ことばは消えても文字は残るから?

残して、どうするの?どうなるの?


ここに書いている意味などないのだろうに

だれに伝わるでもないのだろうに

わたしは今日もここに来て何かわかって欲しくて書いているの

ちょっと、あほみたいだな、と思っている


いくら書いてもほんとうの気持ち、かけたことなんていっぺんもないじゃないか

唯のいっぺんもだぞ

こんなことにそれ以上の意味がある?

どうしようもなく、あほみたいだな、と思っている

うん

実は先月のヒプノのあとに、かなりのムリをして預言カフェに行っていました


私の選んだ道は正しい、と言って欲しかったのかな

すがるような思いでした




預言カフェは空いていました



席に来た女性が繋がって話を始めようとしてすぐ

花が一気に咲くように笑顔を見せました

『よく頑張っていますよ』


ハッとしました

この人はいまなにを感じたんだろう?



メッセージを沢山伝えて下さいました


これから奇跡を見せてくださるのだそうです

そう言うところに、私を入れてくださったのだそうです

そして、思いがけない所に私の場所が開かれ

立って進むことになるのだそうです

そこに至るまで、

苦難が軽いものになるように

道を整えてくださるのだとか…



なにより、

わたしはわたしのやるべき事をちゃんとやれているそうなのです

やれていない事山のようにあるけど…

でも、精一杯頑張っているから

大丈夫なのだそうです


ほんとうにホッとしました

これで、いいんだ…こんなんだけど、ちゃんとやれてないけど、認めてくださるんだって

心から安心しました






記憶を思い出す前に、すがるように神社に行っていました

メッセージを受け取れているかは分からないけど

幾つかの神社で

心配しないで大丈夫、安心しなさい…と言われている気がしました

強い感じだったり優しい感じだったり…

辺りが温かい空気に満ちていく感じがするので

それで何とか自我を保っていました



この1ヶ月を思うと

奇跡はすでに見せていただいているのかなとも思います

それほどに、すごい1ヶ月でしたので




私はまだまだ頑張り続けられるかな

講座でも、周りの方に迷惑をかけることになりそうです

申し訳なく思います


どうしても出来ないこと、他の方達と同じにはやれない事が出て来るだろうな…


それがとても怖いです

それでも前を向いて歩いていけるかな






今まででいちばん嬉しかったおみくじ

宝物です

太陽…

陰キャなのであれですけど

太陽なんて素敵ですね

ふとしたことで、またパニックの症状が出始めました

原因はおおよそ分かっているので一晩、耐えましたが

改善はしません

やっぱり、原因となるものを何とかしないとだめなのですね

方法はあるので、慌てずに朝を待つことに


 

翌日、そのことをしてみたら、落ち着いてきました

涙も出てきました

ホッとしたのかな?

うーん…そっかあ…私つらいんだなぁ

 


少なからず、ショックでもありました

自分に



うーん…これは…


ねぇ…



やすもうかな今日は


と思いました



甲子園決勝楽しみにしてたけど

やすみたいが勝ちました




最近息子の様子もおかしくて

一人になるのをもの凄く嫌がるのです

私の影響だろうなあ



夏は嫌な思い出が多く好きではないから

大好きな秋が来たら元気になるはず




秋には、とっても楽しみにしている

予定があります

氷室奈美さんのイラストと、おでかけ

わーいわーい



その日までがんばろうと思います看板持ち

さみしいです

お茶会も練習会も行けないし

先生にも、講座生の皆さんにも

やっとこ月一しかお会いできないし

と言うかまだ三分の一の方にしかお会いできてないし

夏はあつくてコンチクショだし

大好きな秋が過ぎても冬が来ても誕生日来ても春が来ても最近5歳になった息子が6歳になっても

まだ練習会にいけないんだよーーーー!!


さみしいんだよー

あいたいよー

さみしいんだよーお母さんは


と、毎日息子に言っています



その度に息子はなぐさめてくれます


『そんなに会えないのはさみしいね

でもみんなもお母さんに会えないから

きっとさみしいと思うよ』


と言うような癒しの回答をしてくれますが



『でもぼく6歳になってもまだ会えないのって

先すぎるじゃん!

やばいね❤️』


と、現実を突きつけてくることも忘れません




さみしいです

かなしいです

しかし講座に通えるのはしあわせであります

学ぶのはたのしく

知ることは歓喜です


隙間時間に積んどいた本も読めるようになってきたし、ありがたいです



でもさみしいですとっても

さみしすぎて眠れません


布団の上で右へ左へ転がっています


なぜか今日はねむれません

はー

さみしいです



よし、もうすぐ夏だ!

やっと練習会(かお茶会)に行ける!

と走って行ったら

誰もいない夢とか

閉店しましたの貼り紙がある夢とか

あんた誰?と言われる夢とか

みんな違う人になってた夢とか見そうです



でもそしたら今度は先生にお会いできなくなるのですよね…



それもむちゃくちゃ嫌だ……

来年の夏先生にお会いできなくなって泣いてる自分が浮かびます

どうして好きなひとにあえないのだ

もうなにもかもさみしいです

もういやだー

もういやだー




吐き出ししてみました

ねむりたい…

叔母のことを書きます
お盆のときに、思い出したので…


私が高校生に入った年、叔母は亡くなった
母の妹で、4人兄弟の母は妹である叔母と1番仲が良かった
叔母が亡くなったのは、今の私よりも若い時
いとこも、まだ小学生になったばかりだった

母と叔母は歳が離れており
若いお母さんと娘、のようでとにかく仲が良く
タイプも違うので姉妹でむちゃくちゃモテたそうだ
母はよく叔母は私が育てたようなものだと言っていた
私は、この穏やかで、感情の安定したきれいな叔母が好きで
くるくるの天然パーマの髪質が、叔母とそっくりだったので
naokoちゃんと髪質いっしょだね
と言ってもらえるのが何より嬉しかった


母は高校生の頃、重病を患い生還しているが
叔母も身体がとても弱かった
私も体が丈夫ではないのは
母の家系と父の家系、両方とも体が弱く短命なせいだろうと思う


いとこが生まれた後、叔母は少しずつ弱っていき
10年経たずしてなくなった
検査入院中に心臓がいきなり止まったのだ


その少し前に、叔母と会った時
母とカフェで待っていて、遅れた叔母が歩いてきた時の衝撃が忘れられない

叔母は全身になんとも言えないくろいモヤをまとっていた
そして、不気味な感じに半透明だった
実際は、透明じゃなかったけど
パッと見たときに、そうだった
生気がない、とか、顔色が悪い、とか
そう言うことも勿論あったけど
とにかく、黒かった、と言う事が忘れられない

近いうちに叔母に何かあると分かった
その事に怯えたり、否定したりしているうちに
誰にも言えないうちに
叔母は亡くなった




危篤だと連絡を受けた時に
身勝手な父は人生で最大の罪を犯した

父の我儘のせいで母は叔母の死に目に会えなかった


その後母は叔母のように生気が抜けて弱っていった
ある日のこと
台所に立つ母を見たら、半透明だった

ただ、なんとも言えない黒いモヤを纏っていないように見えた
だけど、いずれにしろ今度は母もしぬのだと思った
しかし私はわりと冷静で、父にあんな仕打ちをされたら、しぬのもやむを得ないとまで思った


父に対して、記憶にあるものの中では
あの仕打ちが最も罪深いと思っている
父は、その罪だけでじごくに落ちる、と思うくらいひどかった
あのときの父に人の心はなかった
肉親の情すらなかった


母は、自然に、ゆるやかにしのうとしていたんだと思う
だけど、何かが変わったのか、母がそのままなくなることはなかった
あの日が一番やばかった、とかなのかもしれないし
私の感覚が間違えていたのかもしれない






叔母がなくなり、30年がたって
今年のお盆に、はじめてグリーフの話を母にした

もう、母なんてきらいだ、という思いと
たぶん、これは私のお役目だ、と言う思いがぶつかった結果、そうなった


お母さんは、叔母さんのことを癒すべきだと思うよ
(父に)あんな事をされたし、本当に傷ついたはずだから


母は思いがけない事を言われた顔をしたし
『もう、ほとんど克服したと思うよ』
と戸惑いながら言っていたが
そうかもしれないけど、私は癒したほうが良いと思ってるよ
と伝えた

母は黙って聞いてくれた
(そんな事滅多にない)




知っていたのに叔母がしんでいくのを止められなかった責任を今でも感じていることもあるし
叔母の子=いとこが、昨年難病を発症したこともある
私は、他にも血のかなり近い親戚が、別の難病になっているし
自分の血筋と自分に、何が起こるかわからない不安感はいつも抱えている


母は、霊気こそ入れていないものの
ヒーリング能力は間違いなくあるし
(私が40過ぎても生きているのが証拠)
叔母のことを癒して
明るい余生を過ごして欲しいと
今回、はじめてそう思った


母にはいつかヒプノセラピーを受けて欲しい
その為に私がいま学んでいるのなら
それはいいことだよね?
と、自分を褒めてあげられるかもしれない