あっちこっちから更新しなさいと怒られております。。。申し訳ございません。
画像のデータごと人に貸してしまっていたので・・・やっとこさこうしんです。
さて、一か月前の相原八幡宮のお祭りです。
最寄りは相原ですが、相原位なら行けるよな~…と自転車取材です。
適当に走らせていると仁羽の音が聞こえてきました。音を頼りに当麻田の山車を発見。
こういう時に自転車は便利です。
休憩を終えて出発のご様子。
戦後間もなく打ち捨てられていた市長車の車輪を改造し使用しているとのこと。
前輪は後ろの車輪のサイズを詰めて用いているそうです。
山車自体は明治頃に八王子(町不詳)から譲られたものだそう。一本柱の形式を有しています。
比較的彫刻は少ないですが脇障子が後ろに付いていたりするところは古い八王子の山車に似ていたり。手を加えて大事に使っている様です。
山車としては、かなり軽いので坂道なんかはピューンと加速してしまいます・・・^^;
演奏は當麻田はやし連さん。引き回し中はこどもさん中心の演奏ですが、休憩時に大人での演奏。
隣接する大戸や中相原、陽田地区とは異なった雰囲気のお囃子。
特にハヤは鎌倉囃子や湘南囃子に近い様な気もします。バチ数はかなり細かいです。
アンプ搭載山車ですが、昼間はアンプを使わずの演奏。
動画はこちらで。参考までに以前紹介した湘南と鵠沼の囃子です。
以前来た時は前掛けはありませんが新たに新調したようです。
謂れの説明書きを一部引用いたしますと・・・
(前略)祭典に当って当麻田公会堂内に飾られる人形は全身眞赤で童顔、クマを右手で差し上げ左足ににも踏まえて、その大きさは台座ともで天井いっぱいの2.4米(m)明治27年に八王子より購入(30円)したといわれているものです。
太字原文ママ
とのことです。山車もこの頃に譲られたのでしょうか。金太郎を載せ(所有)していた町内も聞きません。町が分かれば面白いところですが。余談ですが千木良や与瀬の山車も明治25年頃に譲られたと伝えています。
一本柱で小学生位に見たという方がいらっしゃいますので、昭和の30年代まで引き回しこそはしなかったが、柱立ては行っていた様です。
公会堂のほど近くに御鎮座まします八幡宮。立派な幟がギイギイ音を立ててそびえています。
そして宮神輿です。かなり大振りで二点棒。
往時は暴れ神輿として名を馳せ、長らく神社に仕舞われていたのを千葉ほうめんで改修し現在に至るそうな。
チラチラ写ってましたが境内に巨木が多く生えています。特に巨大なご神木。
遠くから甲高い太鼓の音が聴こえまして、向かいますと森下の山車を発見。
演奏は森下はやし連さん。アンプでの拡声してのお囃子。締太鼓もカンカンにしまっています。
賢徳みたいなお面は羽生さんの作でしょうかね。ひょっとこは古い団体さんで見かけるお顔立ち。ここからもなんとなくお囃子の古さが伺えます。
ひょっとこさんはお面がずれて大変そう・・・。
夜も少しばかり見学。森下の山車と連なって神社へパレードを行うそうです。
山車の後ろには拡声器を積んだ民謡流しカーとヨサコイアンプカーが附きます^^;
楽屋内の屋根を見せて頂きました。棟が二つに別れた一本柱の遺構あり。
色々、お気遣いいただきまして、ありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。