お風呂の電球カバーにヒビが入っている。随分と前から。私にとってお風呂は、家で最も特別な場所。一生覚えているであろう楽しい思い出も、そして記憶から抜け落ちてしまった辛くて嫌な出来事も、本当に沢山の事があった。そんな思い出の隙間に電球カバーのヒビをぼんやりと見つめている光景が挟まっている。そして今日もまた、電球カバーのヒビを見つめているのである。




自分の使う「行けたら行く」は、一般的な「行けたら行く」と比べると、比較的ヒット率が高いことに最近気づいた。幼い頃から親の顔色を伺っていたせいか、人の目や圧をよく感じてしまう人間になった。断定的な返事をすることで圧を感じてしまう。それがより一層私の足を重くする。 でも、二つ返事で「行く」と言った方が相手は喜んでくれるのでこれからは「行く」と言うようにしようと思った。



自分が落ち込んだ時は、他人から向けられる笑っていて欲しいという好意に苦しむが、私も調子がいい時は笑っていて欲しいという好意を他人に向けている。自分が無責任にそう望むことによって誰かを苦しめていると思い、何も考えずただの感情で日常を過ごす時もあったが、これも人様に迷惑をかけてしまうのでやめた。やっぱり多少矛盾があっても、その時たまたま出来ることをする事が1番正しい選択なんだと今は思う。



やっぱりみんな幸せでいて欲しいね。




なんてことを思いながら電球カバーを飽きずに何年も見続けている。




ヒビを持ちながら、毎日水から電球を守り続け、優しい光を放つ電球カバー。



もしかしたら、そんな電球カバーと自分を重ね合わせていたのかもしれない。




光を内に秘め、今日も頑張る。

私もいつか周囲の人を優しい光で照らしたい。