カクヨムにて掲載中のオリジナル小説の中から、

今回は、土方歳三と清花という花魁の一夜を描いた作品を置いていきます。

ちなみに、土方は「艶」の土方さんを。楼主は秋斉さんを妄想しながら書きましたw

 

※一部、濃厚ではありませんが艶シーンがあるので、苦手な方はご注意ください。




 

  「清花」

 

 京都祇園 折屋


 次のお座敷へ向かう最中、ふと、土方を思い、清花の喉から溜息が零れた。

 この艶やかな衣装に身を包んだ花魁は、清花。十一で禿としてここ『折屋』楼に身を置いてからというもの、この界隈で一番の器量と評されている。

 だが、そんな清花にも悩みがあった。

 新選組が、不逞浪士らとの捕り物があったという報せを受ける度、土方のことを想わずにはいられなくなる。いくら京一の剣客集団とはいえ、常に死と隣り合わせであることから、その不安は尽きなかった。


 そんな二人の出会いは、半年前の宵。

 初めて座敷に迎え入れてからというもの、一目で土方に恋をした清花は、身の奥からじんわりと湧き上ってくるものを感じていた。
 長身で端整な顔立ち。低く甘い声。無口ながら発する一言一言が、清花の心を魅了していった。
 それゆえ、“ しきたり” である夫婦固めの盃を交わし、頼もしい腕に抱かれてみたいと思うようになっていた。だが、土方が馴染み客になる気が無ければ、清花の想いは果たされることはない。

「清花」
「……吉田さま」

 向かった先で清花を待っていたのは、長州藩士である吉田稔麿だった。

「よぉ、おこし下さいました」

 清花が薄く笑みを浮かべると、吉田はゆっくりと自らの隣に腰を下ろす彼女に微笑み、柔和な声で囁いた。

「お前に会いたくなってな」

 清花は瞳に戸惑いの色を浮かべながら、膳からお猪口を取り吉田に手渡す。

「相変わらず、お上手でありんすなぁ」

 口元を緩めるようにして清花からのお酌を受け入れると、吉田は袖にされ続けて来たことを思い返し、並々と注がれた酒を一気に飲み干した。

(抗えぬのならば、いっその事……)

 攘夷を果たす為、労力を惜しまず身を粉にして尽くして来た吉田は、ある決意を固めていた。

「……これで終いにする」

 ふと、手にしたままのお猪口を見つめながら呟く吉田に、清花は戸惑いの息を零した。と、不意に肩を抱き寄せられ、躊躇いながらもその腕の中へと身を寄せる。

「不躾な願いだと思う。それでも、今宵だけは……」

 吉田が自らの手を伸ばし、清花を口説いたのは初めてだった。何かただならぬ想いを感じた清花は、そっと吉田の肩へと手を添えた。

「何ぞありんしたか?」
「なにも。ただ、一度で良いからこうして触れたいと思っていただけだ」

 更に手の平の熱を感じ、清花が顔を上げた。途端、吉田はこれまで抱いて来た想いを口にしていた。

「お前の心が私にないことは、よく分かっている」

 そう伝えながらも、吉田は視線を逸らしたままの清花の首筋へと唇を滑らせる。それにより、心を乱された清花は小さな抵抗を試みた。

「……吉田、さま」

 無下に断ることも出来た。だが、ここへ足を運ぶ度に吉田の切なげな表情を目にして来た清花は、それが出来ずにいる。

 この人も、何か大事なお役目があるに違いない。そんな想いが、清花から抵抗する力を奪っていった。
 清花は、肩と腰に添えられた逞しい腕に支えられながら、敷かれていた布団の上へと背を預ける。

「卑怯だと罵られても良い。最初で最後の願い……どうか、叶えてくれないか」

 熱を帯びた視線とかち合ったまま、清花は小さく頷いた。その、消え入りそうな声が切っ掛けとなり、たちまち清花の帯が解かれ、乱雑に放られる。ようやく落ち着きを取り戻した吉田の、甘い口付けが清花の唇に落ちた。

 微かに漏れる互いの吐息。

 帯がなくなったことで緩み始める裾。上から一枚ずつ開かれてゆくことにより、清花の細くて綺麗な足が露わになる。

 唇はそのままに、裾は腰元まで引き上げられてゆき。
 吉田の端整な唇が、清花の胸元へと流れた。次いで、しなやかな指先が内腿へと滑ってゆき、円を描くように玩ばれる度に、清花は幾度かその身を震わせた。

(これもわての成すべきこと。せやけど、わては……)

 ふと、思い浮かべてしまった土方の凛々しい姿。清花は、吉田を抱きしめながらも心だけは捧げることなく、いつまでもその哀しき想いを受け止めていた。

 

 *

 *

 *

 置屋 清花の部屋



「あんお方の真意を知った時、冗談であんさんとの身請け話を持ち掛けたことがありました。せやけど、それだけは叶わぬ夢や言わはってな……」

 清花の目前、何かを思い出すかのように窓の外へと視線をうつす楼主を横目に、清花はあの晩のことを思い出しながらそっと目蓋を閉じた。

 昨晩、祇園祭りの宵々山の最中、池田屋で新選組と勤王志士たちが斬り合ったという報せは島原にも届いていた。

(やはり、大事なお役目をお持ちやった……)

 事の顛末を聞かされ、吉田の哀しみの全てを心から受け止めてあげられなかったことに対しての後悔が、じわじわと込み上げてくる。

「心底、あんさんに惚れとったんやろね」
「……っ……」

 清花はゆっくりと立ち上がり部屋を後にする楼主を見送り、窓辺から空を見上げた。

 吉田の最期を嘆きながらも、清花の心は、なおも土方にあった。斬り合いになったのは近藤や沖田たちであり、奥沢が死を遂げる中、怪我人の中に土方の名が無かったことに安堵していた。

「薄情な女どすな……」

 どんなに求めても届かぬ想い。

(ゆえに、忘れられへんようになる……)

 清花は、溢れ来る涙を指先で拭い、自らが駕籠の中の鳥であることを改めて、心から嘆いた。

 *

 *

 *

 土方が清花の元を訪れたのは、それから二週間後の宵だった。

「よぉ、お越し下さいました。いつぶりでありんしょ」
「ここずっと抜けられない任務に追われていたからな」
「池田屋で起こったこと、親父様から聞いといやす。永倉さまや藤堂さまらが怪我して、奥沢さまがお亡くなりになりんしたとか……」
「ああ」

 寄り添い、差し出されるお猪口に酌をする。その時、土方の切れ長な視線を受け、羞恥心からすぐに視線を逸らした。

「永倉や平助の怪我は大したことはないが、新田と安藤の傷は深い。もってくれりゃあいいが」
 と、言って土方は酒を飲み干す。

「沖田さまは」
「……ああ。少し風邪をこじらせただけらしい」

 短くも長い沈黙。

 不意に、土方から膝枕を要され清花は、受け取ったお猪口を膳に戻し、そっと横になる土方を受け入れる。
 ようやく馴染みとなってくれた、という言い方は語弊があるかもしれないが、土方からの逢状に清花は喜びを感じ、つい微笑んでしまう。
 土方は、そんな清花を見逃さなかった。

「何か良いことでもあったのか」
「いえ」
「なら、何故微笑う」
「……なんも、ござりんせん」

 視線を逸らす清花を見つめたまま、膝枕を受けると、土方も薄く微笑いそっと目蓋を閉じた。清花は、その目元にかかった前髪を梳きながら、愛しい人の寝顔を見つめる。

 何度、この時を夢見たことか。

 だが、池田屋騒動の一件で吉田の想いを知ってから、清花は心から喜べずにいた。次いで、またゆっくりと目蓋を開ける土方の、今度は少し微睡んだ瞳と目が合う。

「このまんま、眠っちまっても構いんせん」
「そうしたいところだが、ここで寝ちまう訳にはいかない」

 それは、刺客と出くわした時にすぐ立ち回れないからだろう。と、清花は思った。だが、土方の心情に気付くまでにそう時間は掛からなかった。

 伸びて来た土方の大きな手の平を頬に受け止めたことで。

「こんな夜は二度とないかもしれないからな」
「土方さま」

 いつにない、土方の柔和な眼差しに、清花は花魁という立場を忘れそうになっていた。と、おもむろに清花の膝元を離れた土方が、傍に敷かれた布団の上に寝そべり自ら肘枕をして清花を見遣る。

 清花が土方の傍に寄り添うように腰を下ろした。刹那、土方から腕を引き寄せられると同時に、清花はその端整な顔を間近にしていた。

 見つめ合ったまま、上体を起こし始める土方の袴の擦れた音を聞きながら、清花は目の前の襟元に手を添えた。

「土方さま。一つだけ、聞かせておくんなんし。こない夜は二度と無い、ゆうことでありんしたが、そないに思うほど危うい時もあるのでございましょうか」
「これまで生きて来られたのが不思議なくらいだ。新選組となるまでにも、どれだけの不逞浪士や間者を葬って来たことか」

 土方は片方の手で自分を支え、もう片方の手で清花の乱れた横髪を梳き──

「これからも、そうやって生きていく。俺にはそれしかない」

 言いながら、簪を引き抜き器用に結び目を解いてゆく。そうされたことで、清花の長い髪がさらりと肩に落ちた。

「いつ死んでもいい」
 と、呟きながら土方は、その黒髪を指先に絡めていく。

(わての想いを知りながら、ようそないなこと……)

「そんな顔をするな。それだけ今が充実しているということだ。それよりも、聴かないのか?」

 尋ねられ、清花はすぐにその言葉の意味を理解した。そうしながらも、あえてその理由を問う。

「そのようなことなど、なんもありんせん。どうしてでありんす?」
「吉田稔麿と、言ったか」

 不意に呟いた土方の低く鋭い声に、清花は瞳に動揺の色を浮かべた。

「吉田もお前のことを贔屓にしていたと聞いたが」
「どちらさまから聞かはったんかはわかりんせんけど、確かに吉田さまは、あちきのことを気にかけて下さっといやした」
「寝たのか」

 片膝を立て、明後日の方向を見遣りながら、自らの口元を指先で覆う土方の横顔を見つめ、清花は微かに躊躇いの息をついた。

「それが、あちきの仕事でありんすから」
「野暮な問いかけだったな」
「けど、」

 心だけは捧げずにいたと告げようとして、清花はすぐに口を噤んだ。土方から抱き寄せられ、そうするほかなかった。次いで、あっという間に押し倒され自分を見下ろす土方の、どこか哀愁を帯びた眼を目前に、清花はぎこちなく手を伸ばし土方の頬を包み込む。

「妬いてくらはった、ゆうことでありんすか?」
「柄にもなくな」
「……嬉しおす」

 そして、頬からうなじへと手を滑らせそっと引き寄せた。土方は、今度こそ清花の想いを知り、これまで抱いて来た情欲を少しずつ解放していった。

 初めて交わす口付け。

 自分が思う以上の甘い口付けに、清花は漏れる吐息を抑えられずに土方を抱きしめる手に力を籠める。
 そうしながらも、帯や腰紐が解かれたことによって開かれた襟元。胸元に土方の手の平の熱を感じて、清花は初めて息を荒げた。

(……清花。)

 清花の艶のある声と、妖艶な眼差しを切っ掛けに土方は箍を外した。
 その声を奪っていた唇が清花の首筋へと滑り、胸元へと辿り着く。それにより、身の奥に感じる鈍い痺れが、彼女の身も心も乱していった。

 土方は、そんな清花を目にして改めて、情愛を感じていた。

 惚れた女が、己の愛撫によって微かに身を捩らせている。男からすれば、これほど情欲を掻き立てるものはない。遊女に誠の情を抱いている己をせせら笑いながらも、その手は留まるところを知らず。

「俺にくれないか。お前の全てを……」

 土方の甘い声によって耳元を擽られた清花は、気が遠くなる思いでその想いに応えようと土方に熱い視線を向けた。

「あちきは、とうに土方さまに……」
「遊女の嘘か。それとも、」
「相変わらず、意地悪でありんすな」
「はっきり言えば信じてやる」

 土方の手が止まる。
 清花はじれったさと羞恥心とが綯交ぜになる中、再び不敵な笑みを浮かべながら自分を見下ろしている土方を睨み付けた。

「わてには、あんたはんしか……」

 とうとう、花魁としての立場を完全に忘れていたことに気付いた清花の、素の顔を目にして、土方はくっと喉を鳴らした。

「信じよう」

(ほんに、いけ好かんお人や……)

 土方から視線を逸らし、口元に手を遣りながら可愛く拗ねる清花の腕を取ると、土方は今度こそ止められないことを告げた。続いて、頷いた清花の唇を奪い、先程まで伸ばしていた内腿へ再び手を滑らせる。

 更に艶めいた清花に、これ以上ない程の情欲を覚えた。土方は、上から覆い被さるようにして、改めて、清花を見つめる。

「……いいか」

 真顔で確認してくる土方に含み笑いを返しながらも、清花が切なげな表情で頷いた。刹那、土方は首筋に噛みつく様な口付けを落とした。
 受け入れた清花は、土方の、微かに漏れ聞こえる吐息を耳にして悦楽を覚えた。

「土方……さま……」

 土方もまた、限界だと言わんばかりに高揚している清花の艶めいた瞳と、己を求め続ける唇に耐えられず、堪えるように息を漏らした。と、同時に、愛する女の想いをその身に刻み付けたのだった。

 *
 *

 *

 新選組屯所内 庭兼道場


 季節は巡り、その年の初秋。
 清花は、外様大名に身請けされることが決まり。七日後の昼九つ、嫁ぎ先へと旅立つこととなった。
 その報せは、当然ながら土方の元へも届いていた。

「こんなところにいたのか、歳」

 独り、素振りをし続けている土方に、近藤は縁側に腰掛けながら声をかけた。一瞬、手を休めたものの、土方は近藤を背に刀を振りかぶる。

「何か用か?」
「清花が身請けされるそうじゃねぇか」
「そのようだな」
「お前、惚れてんだろ」

 土方は、素振りを止め刀を鞘へ納めながら近藤と向き合った。

「俺が?」

 呆れたような笑みを浮かべる土方に、近藤は大きな溜息を漏らす。

「いいのか? もう、一生会えなくなるんだぞ」
「あんたみてぇに囲う気は無い」
「金なら心配するな」

 間髪入れずに早口で言い放つ近藤。土方は、一瞬だが心に迷いが生じるのを感じた。だが、しかし。己のやるべきことは徳川の世を守る為、この新選組を維持させてゆくこと。

「だから、囲う気は無いと言っただろ。京《こっち》へ残ったのは妻を娶る為じゃねぇんだ」
「あくまで御公儀の為に尽くす。それこそが我らの務め。だがな、歳、あの娘は別だ」

(んなこたぁ、あんたに言われなくても分かっている……)

 土方は心の中で悪態をつくと、いつになく険しい顔の近藤に微苦笑を返した。

「時がくりゃあ、忘れちまうさ。人ってのはそんなもんだ」

 一度志を立てたなら、それを全うすることこそが誠の武士。そう、土方に説いたのは近藤だ。土方はただ、この言葉を信じてひたすら剣の腕を磨き、精進してきた。
 だからこそ、鬼にもなれた。

「近藤さん、俺達はまだまだやりてぇことの半分も消化出来てねぇんだぜ」
「……歳」
「もう一つ言っておくが、無駄遣い出来る金もない。それに、なにも寄り添うだけが情ではない」

 土方は一瞬、言葉を詰まらせ、

「清花《あいつ》への義理を果たす為に俺らしく生きる。そう決めたのだ」

 そう溜息交じりに言って、その場を後にしたのだった。

 *

 *

 *

 島原祇園 折屋 

 清花の部屋


 身請け当日。
 朝から折屋は、清花の準備に追われていた。

「綺麗や。清花」
「お世話になりんした」
「誰もが羨む幸せを、これからも手にしてゆける。あんさんなら、叶えられる」

 両手をついて丁寧にお辞儀をする清花に、楼主は柔和に微笑み、「これ、あんさんに届きましたえ」と、手紙と、立派な木箱を差し出した。

「土方さまからや」
「土方さまから……」

 顔を上げ、目前の手紙を開いてゆけば、達筆ながらも丁寧な字で認められており。読み進めていくうちに、みるみる清花の頬を涙が覆い尽くしていった。

(土方さま……)

「化粧も済んどるのに、泣いたらあかんやろ」

 言いながら、その場に置いたままの化粧道具に手を伸ばし、清花の崩れた目元を直してゆく楼主に、清花は無理に笑ってみせた。

 そして、木箱の中身を確認して思わず、清花は口元を手で覆いながら微かな息を漏らした。

「あんお方も、あんさんに骨抜きにされたようやね」

 楼主は清花の簪を抜き取り、木箱の中の簪をさしてゆく。

「似合うわ、これまでのどんな飾りよりもな」
「……親父さま」
「ええよ。今だけは……気が済むまで泣きなはれ」

 清花は、楼主の腕の中で今もなお、命懸けで戦っているかもしれぬ土方に想いを馳せた。


 清き花 咲ゆく春ぞ 夢に見ん
 無くてぞ人の 恋しかりけれ

 ━━━自分がどこで何をしていようとも、想うのは、清き花のような安らぎと癒しをくれたお前との日々だ。

 

 

 

【終】

 

 

 

うわ、なんかとっても懐かしい作業…

お粗末さまでした!!