【前回のあらすじ】
京を騒がしている騒動の下手人であろう男から春香を守る為、秋斉は藍屋に護衛をおいた。その日の夕刻、花里と共に座敷へ出た春香は再び発作を起こすと同時に北村と出会う。その後、北村に抱きかかえられながら秋斉の元へ向かうも、左手首を庇う北村に秋斉は疑いの眼を向けた。秋斉から傷のことを尋ねられた北村は、躊躇いながらもその一部始終を語り始めたのだった。
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【比翼の鳥】 第11話
「何度か見るその夢の中に、奇妙な形の鳥が現れるのです」
(それって…)
「たかが夢、と思っていたのですが、あまりにも頻繁に見続けるので…」
「もしかして、その鳥は一対の躰に頭が二つある」
「そうです!しかも、片方が力なく項垂れていて…」
私の問いかけに、「どうして分かったのですか?」と、言って少し驚愕したように目を見開く北村さんにぎこちない笑みを返し、再び口を開く北村さんの話に耳を傾ける。
「それともう一つは、見知らぬ森の中で誰かを想いながら泣きはらした後、自害する夢…」
「見知らぬ森の中で……誰かを思いながら?」
沈痛な面持ちで語る北村さんを気にしながらも、まるで桝屋さんが話してくれた『連理の枝』の、韓凭(かんひょう)みたいだと思って秋斉さんを見やった。
「春香はんとおんなじ夢を見てはる…」
「え…?」
秋斉さんの呟きに北村さんは一瞬、きょとんとした表情を浮かべるもすぐに眉を顰めながら私を見つめた。そして、奇妙な鳥に関してはまったく同じ夢を見ていたことを話すとその瞳は更に険しく曇り始める。
「春香さんも、あの鳥の夢を…」
不安そうな瞳と目が合う。
そんな北村さんに頷いて、奇妙な鳥のことは勿論、北村さんに会う度に発作を起こしたようになり、見知らぬ森林が見えてしまっていたことを話した。
「それだけやあらへん。あんさんに似た男にも悩まされとる」
「私に似た男?」
「似た、ゆうより…あんさん自身に、ゆうたほうが正しいかもしれへん」
そんな秋斉さんの一言に、私と北村さんは顔を見合わせ、視線をまた秋斉さんに向けながら同時に問いかける。
「どういうことですか?!」
「あくまで、わての見解どすけど…」
秋斉さんは、驚愕したまま固まっている北村さんに鋭い視線を向けたまま、これまでの一部始終を詳しく話し始めた。
北村さんが奇妙な夢を見たその晩、私も同じ夢を見ていたであろうことや、その夢を見た後から起こり始めた怪事件のこと。
ほかにも、私の夢に現れた北村さんに似た男が現在、京を騒がせている人斬り事件の下手人だろうことや、北村さんが左腕に傷を負ったその日、山崎さんと対峙したであろうことを考えると、必然的に北村さんがあの男であるということを。
すると、北村さんは険しい表情で秋斉さんを見つめた。
「…私がその下手人だと仰りたいのですか?」
「いや。北村はんであって、北村はんではない」
「私であって、私ではない?」
「春香はんが襲われたあの晩、はっきり分かったことは人間の仕業やないゆうこと」
そんな秋斉さんの言葉に、北村さんは驚愕の表情を浮かべる。
「では、私が……魔物に憑りつかれていると」
「その可能性は高い、思うとります」
御二人の会話を聞きながら、私は初めて北村さんと出会った時のことを思い返していた。どこか懐かしいような穏やかな想いを抱いていたことや、お座敷へ足を運んでくれた時に口にしていた言葉を…
『月明かりのせいかもしれませんが…不思議なこともあるものですね。でもきっと、月に選ばれたのでしょう』
北村さんの植えた草木だけが美しく輝いていて、それを見つめる横顔がとても優しく見えた。
「私…」
胸の鼓動が速まる中。
何かを思い出しているのだろうか。辛そうに眉を顰める北村さんを見つめながら、初めて置屋の玄関先で北村さんと出会った時から、何故か気になって意識するようになっていたことを話すと、北村さんはぎこちない笑みを浮かべ言った。
「私も、気付けばいつも春香さんのことを気にかけていた。ただ、どこか自分の意志では無いような不思議な感覚に囚われていました」
そうだったのかと思ってお互いに視線を合わせた後、今度は秋斉さんが厳かに口を開いた。
「これは憶測やが、前世ゆうもんがあるとして。あんさんらは夫婦(めおと)やったんと違うやろか」
「夫婦…?」
「あの比翼の鳥と、連理の枝の話…」
秋斉さんは驚愕する私達を交互に見やりながらそう言うと、眉を顰めたまま微かに首を傾げる北村さんに改めて、桝屋さんが話してくれた説話について話し始めた。
韓凭と、その妻である何氏(かし)との間を引き裂いた康王(こうおう)のことを聞いているうちに、秋斉さんの伝えたいことを理解して改めて、強張ったような表情で聞いている北村さんを見つめた。
「それじゃあ…」
「あんさんらが連理の枝であり、比翼の鳥。そない思えば、何となしに辻褄が合う」
確かに、秋斉さんの言う通り。
前世のどこかで、北村さんと縁があって「連理の枝」の韓凭と何氏のような境遇だったとしたら、お互いに惹かれ合ったことにも頷ける。
けれど、自分の前世を夢に見ることは有り得たとしても、お互いの夢の中に現れた比翼の鳥は伝説上の鳥であり、連理の枝は説話に過ぎないわけで、実際に架空の人物たちがこの時代に現れる訳などあるはずが無いのだ。
それに、自然を愛する心優しい北村さんが魔に取り込まれる理由が分からなくて…
「どうして北村さんが?」
そんな私の呟きに、御二人は再び黙り込んだ。
短くも長い沈黙。
最初に口を開いたのは秋斉さんだった。
「ここで、憶測を並べとっても埒が明かん。あの御方に頼るほかない」
「あのお方とは…?」
問いかけると秋斉さんは、「陰陽道を学ばれた偉いお方どす」と、言って薄らと微笑んだ。
それから、間もなくして駈けつけて下さったお医者様に診て頂いた後、北村さんは秋斉さんの意向で、慶喜さんの知り合いだという方の御屋敷へと向かい、私は、自分の部屋で護衛の方々に見守られながら休養していた。
北村さんがあの男でなければいいと、願いながら…
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一方、北村は同席していた加瀬に、所用の為しばらく家を留守にするということを告げ、一足先に家へ戻ると持てる限りの荷物を持参し、秋斉と共に一橋家の所有する屋敷へとやって来ていた。
「そのへんにある物も、自由に使うてもろて構へんさかい」
「…有難う御座います」
部屋を見渡しながら言う秋斉に、北村は小さく頭を下げた。
「そのうち、小煩い男がやって来るやもしれへんけど、そん時は適当にあしらってくれて構しまへん」
「小煩い男?」
「今に分かります。それより、」
秋斉は訝しげな表情でこちらを見る北村に、改めて話し始める。
「本来なら、あんさんを奉行所か新撰組に引き渡せば済むところやろうけど、それはあの娘の…わてらの本意やあらへんさかい。ここもそないに変われへんが、それまでは辛抱しておくれやす」
「…はい」
「明日には、おおかたの謎が判明するはず」
他に何か聞きたいことは?と、尋ねてくる秋斉に、北村はいったん首を横に振るも、明朝に改めて迎えに来ると言って部屋を後にしようとする秋斉を呼び止めた。
「あ、一つだけ…」
「何どす?」
振り返った秋斉に、北村は真剣な表情を浮かべ言った。
「春香さんにお伝え下さい。私なら大丈夫だ、と」
「承知しました」
微笑みながら今度こそ部屋を去る秋斉を見送ると、北村は縁側から見える月に春香の笑顔を重ね見て、思わず溜息を零す。
(この手で、人を殺めていたかもしれないとは…)
自らの手が酷く汚らわしく感じ、握りしめた拳から鈍い痛みを感じた。
刹那。
不気味な鈴の音を聴くと同時に、例の眩暈に襲われその場に跪いた。
(この感覚は……もしや!)
「ど、どなたかいませんか?!」
北村はすぐ傍の柱を支えにしながら立ち上がり、出せる限りの声を張り上げた。次いで、すぐに駆けつけた護衛たちに自分から目を離さぬように伝えると、薄れゆく意識の中で憎悪の感情が芽生え始めるのを感じた。
「私を…捕まえていて下さい。何でもいい!縄で縛るとか」
「どういう意味だ!?」
「早く!くっ……やめろ、やめてくれ…っ…」
「おい、しっかりしろ!」
(春香…)
護衛たちの声を遠くに聞きながら、北村はその体を預けるようにして倒れ込んだ。
「お医者様を呼んで参ります!」
「秋斉様にも報告せねば…」
「それも、私が」
護衛の一人が足早にその場を駆け去る中。残った二名の護衛が、北村を部屋の中へと運んだ次の瞬間、叫声が屋敷中に響き渡った。
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秋斉さんが血相を変えて私の部屋へやって来たのは、深い眠りに誘われ始めた頃だった。それから、すぐに着替えを済ませ、共に秋斉さんの部屋へ急ぐと慶喜さんがお侍さんらしき男性と何やら話し込んでいた。
「慶喜さん…」
「春香が無事で良かった」
いつものおどけたような表情は一切、見せず慶喜さんは秋斉さんと私が腰を下ろすのを見届けた後、部屋を後にするお侍さんを見送り、厳かな眼差しを浮かべたまま静かに話し始めた。
「屋敷へ向かうと、丁度屋敷を去ろうとしていた秋斉と出くわしてね…」
その後すぐ、北村さんが倒れたと言う護衛の方からの一報を受けていた最中。悲鳴を耳にした慶喜さん達は急いで部屋へ駆けつけたらしい。
「だが、時既に遅し。二人の護衛が胸や腕を斬られ倒れていたんだ」
「…っ……」
不安そうな顔をしていたからだろう、慶喜さんの柔和な瞳が私に向けられる。
「傷は深いが、命に別状は無いということだよ」
「良かった…」
護衛の方々が無事だと知り、安堵の息を漏らす。それもつかの間…
「それで、北村さんは…」
「外を見張っていた護衛らが、塀際に追い詰めたらしいのだが…」
北村さんは、槍を突き付けて来る護衛に対して不敵な笑みを浮かべた後、忍者のように軽々と塀を飛び越え姿を晦ましたのだそうだ。
「まるで、別人のようだったと言っていた。彼等の意識が回復したら、詳しく話を聞いてみるつもりだけれど…」
慶喜さんは大きな溜息をつくと、秋斉さんを見つめた。
「また、春香はんを攫(さら)いにやって来るやろね」
「精鋭を揃えたつもりだったのだが、難なく逃げられるとはな…」
御二人は顔を見合わせた後、真っ直ぐ視線を私に向けた。私は、そんなお二人の不安そうな表情を見ながら、改めて思っていたことを告げることにした。
「もしもあの男が比翼の鳥で、私がいないと空を飛ぶことが出来ないのだとしたら。あるいは、北村さんと私に対して何らかの念を抱いているのだとしたら…」
どちらにせよ、あの男から直接聞かない限り、なんの解決も出来ないのではないかということを話すと、秋斉さんは厳かな表情を浮かべながら言った。
「新撰組には下手人捕縛に務めるよう言い伝え、あんお方らには使いを出しとる。何名集えるかは分かれへんけど…」
「それだけじゃない、俺達も付いている」
だから安心して欲しい。と、言っていつものように柔和な微笑みをくれる慶喜さんと、まだ何かを考えている様子の秋斉さんを交互に見やる。
「こう見えても、剣術に秀でていると自負している。残念ながら、ずっとお前の傍にいてやることは出来ないが、俺の代わりに秋斉が命懸けで守ってくれるだろう」
「秋斉さんが?」
「彼が本気になったら、ここの護衛たちより頼りになるかもな」
横目で秋斉さんを見ながら、何故か自慢げに言う慶喜さんを不思議に思っていると、秋斉さんの少し照れたようなそれでいて、怒ったような視線が慶喜さんに向けられる。
「要らんことはゆわんでよろし」
「相変わらず損な役回りだねぇ…」
「そないなことより、こうなったら一刻の猶予もあらしまへん」
そう言って、秋斉さんは床の間に置かれていた刀掛けから刀と脇差しを手にすると、下緒(さげお)を用いて腰に結びつけ始める。
「高杉はんらを待って、あのお方の元へ。それまではわてらの傍を離れへんように」
「…はい」
どこへ行き、誰に会って何をしようとしているのか分からないままだったけれど、御二人の言葉を信じて大きく頷いた。
その後、龍馬さんと翔太くん。そして、桝屋さんと高杉さんもそれぞれ顔を揃え終ると、秋斉さんからは、これまでの一件について語られ、慶喜さんからは新撰組の動きについて語られた。
今、必死になってあの男を追っているであろう土方さん達に何事も無いことを祈り、私を心配して集まってくれた翔太くん達に感謝しながらも、考えてしまうのは…
(どうか、無事でいて…)
「春香、準備はいいかい?」
「えっ……あ、はい!」
すぐ傍で聞こえる慶喜さんの優しい声にハッとして、我に返る。
「怖いよな」
「翔太くん…」
「でも、俺達が付いてる」
頼もしい眼差しに頷くと、部屋を出て行こうとしていた龍馬さんと、高杉さんも足を止めて私を励ますように言ってくれる。
「翔太のゆうとーりじゃ!どんな相手でも一網打尽にしちゃるき」
「それこそ、腕が鳴るというものだ」
慶喜さんの隣にいた桝屋さんも、ゆっくりと私に歩み寄りいつもの柔和な微笑みで安心感を与えてくれる。
「春香はんは、わてらにとって唯一無二の存在。必ずお守り致します」
「ありがとうございます…」
それから間もなくして、四頭の馬が用意されると私達は慶喜さんの乗った馬を先頭に二人ずつ馬に跨り、暗闇の中一路、馬を走らせたのだった。
【第12話へ続く】
~あとがき~
今回も、お粗末様でした
いよいよ、佳境に入りましたッ
ドラマでは、最終決戦…ってな感じでしょうか(笑)
ずっと、こっから先を描きたくていたのですがッ
(;´▽`A``
いやぁ、これ…
書き始めたのいつだったかな…
やっとここまで書けました。
この後、新撰組も加わって
あの男との対決が…
主人公と北村との関係も、なぜあの男が北村を操って春香を自分のものにしようとするのか等も、次回、陰陽師の手を借りて説明されることに…
(もう、分かってる方もいると思いますが♪)
ちなみに、馬の二人乗りに関してw
あえて、はっきり書きませんでした。
個人的には、秋斉さんの前に主人公ちゃんが乗り、高杉さんが手綱を操るその後ろに龍馬さん。でもって、俊太郎さまの後ろに翔太くんという感じで思い描いていました
あと、陰陽師が本当に魔物相手に解決出来るのか、いまいち分からないままですが
調べてて分かったことが。
陰陽師っていうと、安倍清明で有名ですが…
幕末の頃になると、立派な貴族としてというか、分かりやすく言えば公務員職として確立されていたようです。
だから、慶喜さんの知り合いに陰陽師がいる。なんつー設定にしました(笑)
現に、家茂の正妻の和宮親子(かずのみや ちかこ)という方が、家茂の死後、子を授かるらしいんですが…その娘が陰陽師と結納を交わしたとか…なんとか。
ちなみにこの方、慶喜さんが大政奉還する(した)時、関わっていたこともあったらしいです。
いつも、何かある度にお百度参りをして、家茂の無事を祈っていたらしく。かなり尽くす人だったのではないかな…と、思いました。
今回も、彼らを見守りに来て下さってありがとうございました