【あいらぶゆー】坂本龍馬×土方歳三編(前編)
一、その男、坂本龍馬なり
「ええーッ!どこへ行ってたかと思えば、壬生浪士組のところへ行ってたんですか?!」
翔太くんの驚愕した声がお座敷中に響き渡る。
「おう、屯所内は思っちょったよりも綺麗やったし、道場の環境も良かったぜよ」
「そんな無茶な!何より、どうやって屯所へ潜入したんですか!」
「いつも世話になっちゅう呉服屋の若旦那はんから、近藤勇宛に届け物があるっちゅうことを聞いてな、何とか辻褄を合わせて、代わりにわしが届けに行ったがじゃ」
「まったくもう、本当にいつも突拍子も無いというか…」
にこにこしながら言う龍馬さんの隣で、翔太くんは眉を顰めながら呟いた。そんな二人を交互に見やりながら、龍馬さんから差し出されるお猪口に銚子を傾ける。
「どうして無茶なの?」
「お前、龍馬さんが倒幕派だって知らなかったのか?」
「倒幕派?」
お酒を注ぎながら問う私に、翔太くんは呆れたような表情を浮かべた。
久しぶりに龍馬さんと翔太くんがお座敷へと足を運んでくれて、いつものようにこれまでの武勇伝を聞いていた最中のこと。倒幕派という聞き慣れない言葉に苦笑いしながら小首を傾げる私に、なおも翔太くんは詳しく説明してくれた。
“倒幕派”とは、文字の通り江戸幕府を打倒して政権打倒を目的とした人達のことを言い、その逆で“佐幕派”とは、倒幕派から幕府を守る為に集った人達のことを言うらしい。
私達がこの時代に飛ばされてから、約半年。ようやくここでの生活に慣れ始めたばかりで、私は龍馬さんの素性を何一つ理解していなかったのだ。
「ということで、佐幕派である壬生浪士組からしたら坂本龍馬は敵だ。幸い、まだ龍馬さんの顔を知らないようだったから何とかなったものの…」
翔太くんは疲れきったような表情で、龍馬さんを見やる。
「もう、二度としないで下さいね」
「ははは、すまんちや。だが、皆礼儀正しい奴ばかりじゃった」
漬物を一つ手づかみして口に頬張ると、龍馬さんは嬉しそうにその時のことを話し始めた。
呉服屋と称して壬生浪士組の屯所を訪れた際、すぐに客間へと案内された龍馬さんは、やって来た隊士の方に届け物を手渡した後、稽古風景を見せて欲しいとお願いしたらしい。その結果、少しの間ならばという承諾を得て、何とか見学することが出来たのだそうだ。
「あの天才剣士と名高い、沖田総司の剣術の腕はまっこと見事でのう」
いつもの朗らかな笑顔に戻って続きを話し続ける龍馬さんに、ほんの少し安心しながら再び耳を傾ける。
そんな彼らの稽古風景はとても厳しいものだったらしく、改めて壬生浪士組の強さと、覚悟を見せつけられたと言う。
「さっすが、京一の剣客集団とゆわれるだけあるぜよ」
「感心している場合ですか!」
またもや翔太くんの言葉を受けながらも、龍馬さんは何だか嬉しそうで。龍馬さんにとって、敵であるという土方さん達のことを楽しげに話すその真意は分からないままだけれど、龍馬さんの事も土方さんの事も大好きな私にとっては、これからも二人が敵対する日が来なければ良いと思っていた。
二、土方歳三という男
それから三日後の晩。
いつものように揚屋へ足を運ぶと、早速とあるお座敷へ向かうように言われ、急いで向かった先で私を迎え入れてくれたのはいつもの顔ぶれだった。
「ようこそお越し下さいました」
「良かったですね、土方さん」
挨拶を終えて部屋の中へ入った途端、沖田さんが土方さんを見やりながら言った。
「何が良かったんですか?」
「いえ、こちらの話です」
私の問いかけに沖田さんが笑顔で答えると、その隣に胡坐をかいていた土方さんが面倒臭そうに口を開く。
「総司」
「はい」
「…黙ってろ」
「ふふ、はいはい」
可笑しそうにくすくすと笑う沖田さんと対面していた、原田さんも楽しげに微笑みながら私を迎え入れてくれる。
「そうだ、その笑顔!やっぱ、嬢ちゃんの笑顔はいいねー」
「ありがとうございます…」
その後も、いろいろなお座敷遊びに興じたり、覚えたばかりの三味線を下手ながらも披露したりして、私なりに隊士の方々を労う。
花里ちゃんや他の新造仲間の間では、あまり評判の良くない壬生浪士組だけれど、私にとってはその真逆で、噂に聞くよりも楽しい人ばかりだという印象の方が強かった。
でも、一人だけ。
とても気になって仕方がない人がいる。
「あの、土方さん…」
「なんだ」
「いえ、その…」
一人だけつまらなさそうにしていることが多い土方さんにだけは近寄りがたくて、声をかけてもその後の会話が続かず、結局何を考えているのか分からないまま。
「…そろそろお開きだな」
「え…」
雨の匂いがする。と言って、戸惑う私を横目に残りのお酒を飲み干し立ち上がる土方さんに、傍にいた沖田さんが一つ頷いた。
「名残惜しいですが、降られる前に参りましょう」
沖田さんの一言に、ほろ酔い気分の原田さん達もそれぞれ頷いて帰り支度をし始める中、真っ先にお座敷を後にする土方さんの後を追うように、次々とお座敷を去ってゆく隊士の方々を見送ると、沖田さんが柔和な笑みを浮かべ言った。
「今宵も、楽しかったです」
「良かった…」
「と、土方さんも思っていた筈です」
「え…」
「土方さんは口下手だから誤解されやすいのですが、実はとても親しみやすい人なのですよ」
まるで、私の心の内を読まれているかのような言葉に躊躇いながらも、小さく頷いて見せると沖田さんは、柔和な笑みを浮かべたまま一礼して踵を返した。
(もしかして、私のことを気遣ってくれて…)
そんな沖田さんの背中に小さく一礼し、見送ると次のお座敷へと向かったのだった。
三、誕生日プレゼント
翌日。
掃除を済ませて部屋へ戻ろうとした時のこと。
「お、丁度ええところへ」
「花里ちゃん、どうしたの?」
「これ、翔太はんから預かっとったんよ」
階段付近で呼び止められ、差し出された手紙のようなものを受け取った。
「翔太くんから?」
「なんや、これからまた京を離れるとかゆうてはったわ」
そう言うと、花里ちゃんは微笑んだまま胸元で小さく手を振り部屋の方へと戻って行く。私はそれを見送ると、すぐに手紙に目を通した。
そこには、これから大阪へ向かうから当分は会えなくなるという事と、11月15日は龍馬さんの誕生日だから、当日は無理だけど何かお祝いをしたいので、プレゼントを用意しておいて欲しいという内容が書かれてあった。
(龍馬さんの誕生日か…)
いつも私に元気をくれる龍馬さん。
そんな、大好きな人の誕生日を祝えるという喜びを噛み締めていた時だった。
「何かいい知らせでもあったのかな?」
「えっ…」
不意に聞き慣れた声がすぐ間近で聴こえ、吃驚して手紙を胸に肩を竦めながらそちらを見ると、微笑む慶喜さんの優しい瞳と目が合う。
「慶喜さん、どうしたんですか?こんな早くに…」
「ちょっと秋斉に用事があってね」
「そうだったんですか。今、お茶の用意をして来ますから!」
微笑み返しながら翔太くんからの手紙を帯の中へとしまい、その場を去ろうとして今度は秋斉さんに呼び止められる。
「その必要はおまへん、すぐに慶喜はんと出かけるさかい」
そう言って素早く草履を履き、玄関を後にするその姿を見送ると残念そうに眉を顰める慶喜さんを見やった。
「慶喜さんの好きな桜餅と一緒にお出ししようと思っていたんですけど、そういうことならしょうがないですね」
「何だって!?桜餅まで食べ損ねたか」
溜息交じりに言う慶喜さんに苦笑を返しながらも、桜餅は残しておくので、また戻られるようならこちらへ寄るように伝えると、曇っていた表情が一気に晴れて慶喜さんは無邪気な笑みを浮かべた。
「お前と一緒に食べたいから、二人分残しておいてくれ」
「はい」
なるべく早く戻るね。と、言って秋斉さんを追い掛ける慶喜さんを笑顔で見送ると、私は任せられていた仕事を熟しながらも、龍馬さんへのプレゼントをいろいろ考えていた。
四、頼れる存在
あの後、すぐに戻ってきた慶喜さんと、秋斉さんと私とで仲良くお茶と桜餅を食した。
半ば、ふくれっ面の慶喜さんと平然と桜餅を頬張りお茶を美味しそうにすする秋斉さん。このお二人の対照的な表情に苦笑しながらも、淹れて来たお茶の味を尋ねてみた。
「あの、お茶…渋すぎませんでしたか?」
「わてはこのくらいが丁度ええ」
私の問いかけに即答する秋斉さんを横目に、慶喜さんが苦笑いを浮かべた。
「俺には少し渋かったかな…」
「すみません、考え事をしていたものですから…」
慌てて慶喜さんに向かって頭を下げると、慶喜さんは二個目の桜餅に手を伸ばし、それを頬張りながら言った。
「それよりも、お前が何を考えていたのかが気になるね」
「え…」
「また秋斉にこき使われていたんだろう?何気に、お前には厳しいからな」
「いえ、そんなことは…」
口ごもった後、間髪入れずに慶喜さんの悲痛な声がして、そちらを見やると秋斉さんの指先が慶喜さんの頬に添えられていて…
「いひゃい(痛い)って…」
「ほんまに、この口はしょうもないことばかり。立派な花魁に育てる為に厳しいことをゆうんは当たり前やろ」
秋斉さんの澄ましたような表情と、目を細めながらたじたじになっている慶喜さんが可笑しくて、声を抑えきれずに笑ってしまう。
「で、ほんまは何を考えてはったん?」
「えっと、それなんですが…」
秋斉さんの指から解放された今も、痛そうに頬を擦る慶喜さんとその指で襟元の乱れを正しながら言う秋斉さんを交互に見やる。
まだ、この時代には誕生日を祝うという行事が無い為、そのあたりは適当に取り繕いながらも、翔太くんからの手紙の内容を簡潔に説明し、その時にプレゼントするのに何が良いのか悩んでいたことを告げた。
「なるほど、それは迷うね」
「あのお方のことやから、実用的な物がええんとちゃいますか?」
私の物言いに頷く慶喜さんの言葉に、秋斉さんがサラッと答える中。次いで、慶喜さんから秋斉さんの言う“あのお方”について問い掛けられ、知っている限りのことを簡潔に説明すると、慶喜さんは納得したように微笑んだ。
「そうか、それなら良いんだ」
「何がですか?」
「いや、お前がその坂本とやらに惚れているのだとしたら、妬いてしまうところだったからね」
「け、慶喜さんっ…」
何をゆうてはるのやら。と、小さな溜息を零す秋斉さんの言葉に反応して、余計に恥ずかしさでいっぱいになるも、慶喜さんから尋ねられるままに答えて行った。すると、慶喜さんは何かを考えるようにして眉を顰めたかと思うと、すぐに明るい笑顔でいろいろなアドバイスをくれた。
その中でも、私がこれだと思ったのは手拭だった。
最初は、良く友人や御家族宛に手紙を書くと聞いていたから、現代で言うところのレターセットをプレゼントしようと考えていたのだけれど、慶喜さん行きつけの商店には、素敵な柄の手拭も多数あるらしく、季節を関係無く重宝されている手拭ならいつどんな時でも持ち歩いて貰えそうだし、龍馬さんみたいないつも忙しなく動き回っている人には、重宝するだろうという意見も考慮した結果だった。
「明日また、ここらへんに野暮用があるから、一緒に行ってみないか?」
「え、いいんですか?」
楽しそうに言う慶喜さんに笑顔を返すと、私の隣にいた秋斉さんが、「ほなら、わても同伴しまひょ」と、言ってお茶をすする。
そんな秋斉さんに対して、今度は慶喜さんがげんなりとした表情を浮かべ言った。
「俺ってそんなに信用無い?」
「それもあるが」
「あ、秋斉くーん…」
「明日はなんも無いし、どのみちお供が必要になるやろ」
(…お供が必要になる?どういうことなんだろう?)
どんな理由があるのか分からなかったけれど、私はそんなお二人に甘えることにして、明日の同伴をお願いしたのだった。
五、新撰組
翌日。
慶喜さんが置屋を訪れたのは正午過ぎだった。
それから支度を済ませていた私は、急用を片付け戻って来た秋斉さんと共に慶喜さんの案内の元、戸田屋商店へと向かった。
辿り着いたその店へ一歩足を踏み入れた途端、私は思わず感嘆の息を零した。そこには、素敵な反物が沢山陳列されていたからだ。ここは、呉服屋さんかと錯覚してしまうくらいの綺麗な柄に一瞬で目を奪われた。
「お久しゅうございますね、一橋様」
「そうだね、いつぶりかな…」
この店の御主人らしき四十代後半くらいの男性と、楽しげに話す慶喜さんを見つめていると、すぐに反物の切れ端を手にしながら、秋斉さんが物色し始める。
「これは、何べん見てもええな」
「へぇ、それはいつの世も親しまれとる逸品どす」
秋斉さんが手にしている柄は、よく浅草とかで見かけた人力車の車輪が重なったように見え、何の車輪をモチーフにしているのかを尋ねたところ、これは『源氏車』と、言い平安時代の牛車の車輪を図案化したものらしく、『源氏物語』の絵巻に多く見られるのだそうだ。
そんな平安時代から受け継がれている柄に目を丸くしながらも、沢山の柄の中から弁慶格子という柄と、三升という柄の二種類を選んでみた。
弁慶格子という柄は、あの源義経の郎党として有名な『武蔵坊弁慶』が着ていたとされる柄の一部で、数字の一と川の字が表現されているというもの。
そして、もう一方の三升という柄は、歌舞伎役者特有の屋号、『成田屋』の定紋で、何やら今から二百年前に誕生したらしく、入れ籠になった三つの升を並べた文様が連なっている。
「ちなみに、この屋号が何故『成田屋』ゆうかといいますと…」
真剣な顔で聞いている私に、ご主人はなおも笑顔で説明をしてくれる。
初代市川団十郎の父である、堀越重蔵は成田山新勝寺にほど近い地の出身で、新勝寺とは少なからず縁があったらしい。子に恵まれなかった初代団十郎が、この父由縁の成田山に子宝祈願をしたところ、見事翌年に二代目を授かったそうで、その子がすくすく成長したことに報謝した初代団十郎は、それから七年後。山村座で『成田不動明王山』を上演して大当りしたのだそうだ。
「その際、舞台上には賽銭が投げ込まれ、大向うからは「よ、成田屋!」と、掛け声がかかったゆう話しで、それがそもそもの屋号の始まりやったそうなんどす」
「…なるほど」
「なんや、余談ばかりですんまへんどした」
「いえ、とても勉強になりました!」
少し照れくさそうに俯く若旦那さんに微笑んで、素直な言葉を返す。これまで、歌舞伎はテレビで少し観たことがあるくらいで、その世界のことを全くと言っていいほど知らなかった私。
でも、この時代では現在も歌舞伎は一番の娯楽として盛んなことを改めて実感させられた。
「それで、どちらにするの?」
「えーと、うーん…」
慶喜さんに促され、風呂敷の上に置かれた二種類の柄に目をやり続けるも、どちらも龍馬さんに似合うと思い、なかなか決められずにいる。
(どうしよう、どっちがいいかな…)
そんな風に困り果てていた私の隣で、秋斉さんがぽつりと呟いた。
「あのお方なら…これがええと思うが」
秋斉さんのしなやかな細い指が、開かれた紫の風呂敷包の上に置かれた三升の上をなぞる。若旦那さんも、慶喜さんも同意見だということが判明し、それ以降は迷わず三升を選んだのだった。
その後、また仕事に戻るという慶喜さんを見送る為に二条城近辺まで来ていた。
「もう、ここでいいよ」
「今日は本当にありがとうございました!」
「可愛いお前の頼みだからね」
「…慶喜さん」
気を付けてな。と、言う秋斉さんの真剣な表情が気になりつつも、手を振りながら笑顔で去って行く慶喜さんに手を振り返す。
その姿が見えなくなると、秋斉さんと共に置屋を目指した。
「慶喜はんもたまには役に立ったな」
「ふふ、たまにはって…」
柔和な視線と目が合い、お互いに微笑み合ったその時だった。
派手に何かが割れる音がして間もなく、私達の目前にお侍さんらしき人が勢いよく飛び出してきた。
「きゃあっ!」
思わず小さな声が漏れ、私の前に立ちはだかる秋斉さんの背中を見やる。
「あ…っ…」
「大丈夫や」
ほんの少しこちらに目を向けて私にそう言うと、秋斉さんはまた男の方へ視線を戻し一歩前へ歩みを進めた。その場からそそくさと去りゆく人や、騒動を聞きつけて駆け寄ってきた野次馬達が何かを囁く中。その男は、ふてぶてしい顔でこちらを睨みつけて来る。
「何見てやがる」
「………」
何も答えようとしない秋斉さんに腹を立てたのか、男の左手が刀の鞘に置かれた。
「あ、秋斉さん…」
私に背を向けたまま、それでも秋斉さんは動こうとしない。
(どうしよう、このままじゃ…)
そう思った時だった。
「そこまでだ」
(えっ?)
ふと、聞き慣れた声に目を凝らして辺りを見回すと、すぐ近くの路地裏に隊服に身を包んだ土方さんと沖田さんの姿を見つけた。
「土方さん!それに沖田さんも…」
「もしも、その刀を抜くというのなら、私がお相手しますよ」
沖田さんには私の声が届いていないようだった。それどころか、いつもの優しい笑顔はどこにも無く、男を睨みつけている瞳はとても冷やかで。
(なんか…いつもの沖田さんじゃない…)
その横で、もう既に刀を抜き放っている鬼のような形相の土方さんを目にして、秋斉さんに促されるままその場から少し離れると、私は思わず握り拳を包み込むようにして御二人を見守った。
「…新撰組だろうが見廻り組だろうが、知れたことか」
刀を抜き払いながらそう言うと、男は切っ先を土方さん達へ向ける。
「余程、あの世へ行きてぇらしい」
「そのようですね」
土方さんの呟きに沖田さんが頷いた、刹那。
男の剣先を沖田さんが受け止め、二人はまず試し合いながら斬り結ぶ。
(す、すごい…)
殺陣の事はよく分からないけれど、明らかに沖田さん優勢に見えた。その時、ほんの一瞬だけど隙をつかれ沖田さんは浪人から一歩間合いを置いた。
「沖田さん、危ない!」
思わず叫んだ次の瞬間、男はくぐもったような悲痛な声を上げてその場にぱたりと倒れ込むと声無き声を漏らし、やがて動かなくなった。
(あ…っ…ぁ…)
いつの間にか、男の後方へと回り込んでいた土方さんの一突きがその命を奪っていたのだ。
周りから新撰組を称える声と、非難する声が聞こえてくる中。鞘へと刀をしまい込む沖田さんと、懐から取り出した懐紙で刀の血を拭い、ゆっくりと鞘へ納める土方さんから目が離せないままでいる。
「どうした総司」
「見かけによらず、手強かったなぁ」
「お前が手こずるとはな」
「少し相手を侮りすぎました」
顔や羽織に軽く血飛沫を浴びるも、平然と話すお二人の会話を遠くに聞きながら、頭の中で今起こった出来事を必死に整理し始める。
(土方さんが…人を…)
固まったままの私を気遣うように、「大丈夫か?」と、声をかけてくれる秋斉さんにぎこちない笑顔を返すも、斬られて息絶えた男と、それが当たり前であるかのような土方さんと沖田さんの微笑を見やり、改めてここが幕末時代であることを思い知らされた。
「あれが、新撰組や」
「…っ…」
「御二人とも、怪我はありませんでしたか?」
秋斉さんの言葉に戸惑いを隠せないまま、こちらへ歩み寄りながらいつもの笑顔で声を掛けてくれる沖田さんに小さく頷いた。
「大丈夫…でした…」
「それなら良かった」
「ありがとう沖田さん。それと…」
土方さんにもお礼を言おうとして、すぐに口ごもった。沖田さんに一声掛け、秋斉さんに軽く会釈してその場を去って行こうとする土方さんの眼が、どこか切なげに見えたから。
沖田さんは、去りゆく土方さんを見つめながら静かに口を開く。
「手向かいする者は容赦なく斬る」
「でも…」
「あのような輩や不逞浪士らを放っておけば、か弱き民の尊い命が脅かされることになります。今の貴女のように…」
「…っ……」
再び優しすぎるくらいの瞳と目が合う。
武器を持った相手に対し、素手で敵う訳もなく。土方さん達が通りかかってくれなければ、秋斉さんと一緒に命を落としていたかもしれない。
だけど、あの人にも大切な人がいたであろうことを考えると胸が苦しくなり。噂には聞いていた新撰組の戦いぶりを目の当たりにした私は、ショックを隠せずにいた。
【後編へ続く】
~あとがき~
本来なら、土方さんと龍馬さんが剣術試合なんて…
龍馬さんが、新撰組屯所へ行くだなんて有り得ないことではありますがw
もしも…の世界を自由に描いちゃいましたw
語られるのは後編ですが、今回は、土方さんと龍馬さんということで、文久三年に起こった出来事などを参考に、本編では描かれなかったエピソードなども交えながら書いてみました。
そして、冊子の内容新たなシーンなどを付け足しています。
明日以降、アップ予定の後編や、土方歳三編、坂本龍馬編も良かったら読んでやって下さい
今日も、遊びに来て下さってありがとうございました