【あいらぶゆー】


高杉晋作×結城翔太(前編)


高杉晋作×結城翔太(後編)



【あいらぶゆー】 結城翔太編



無事にお屋敷へ辿り着いた後、そのまますぐに翔太くんが療養しているという部屋へ案内された。襖を開けた途端、少し血生臭い匂いを感じると同時に、龍馬さんから手当てを受ける翔太くんの姿を見て、思わず声を掛けながら歩み寄る。


「翔太くん!」

「お前っ、どうしてここに!」

「すまん、わしが呼んだんだ」


驚愕の色を浮かべる翔太くんの手当てをしながら、龍馬さんが囁くように言った。


「どのみち、知らせん訳にゃあいかんと思うてな」

「………」


無言で俯く翔太くんの手当てを終えると、龍馬さんは私に微笑み、「あとは頼んだ」と、言って部屋を後にした。


トンッと襖の閉まる音がして、


「………」

「………」


藍色の着物の袖に腕を通そうとする翔太くんを手伝い、二人きりになってしまったことを意識する中、先に口を開いたのは翔太くんからだった。


「心配…かけてごめん…」

「ううん…」


それでも実際、来ると言っていた二人が来られなくなった理由をいろいろと想像して、不安な時を過ごしていた事を伝えると翔太くんは、昨晩起こったことの一部始終を話してくれた。


町中で偶然出会った高杉さんと、なんだかんだ言い合いながらも一緒に島原を目指し、狭い路地裏に差し掛かったその時、背後から近づく異様な気配に気づいた二人は、すぐに目配せをし合い、刀の鞘に手を添えながら振り返った。


その途端、素早く刀を抜き去り迫りくる剣を受け止めながら斬り結び、しばらくして、相手が凄腕の剣客集団だと気付いた高杉さんは、先に逃げるように翔太くんを気遣ってくれたそうだ。


けれど、翔太くんはその場に残り応戦し続けた…。


「その結果がこれだ」

「…………」

「過信し過ぎてたんだ。自分の腕を…」

「翔太くん…」

「俺のせいで、高杉さんまで…」


一瞬、手を差し伸べようとして躊躇うものの、私はゆっくりと翔太くんの手に指を絡めた。それでも、二人が無事で良かったと、呟きながら。


「龍馬さんと長岡さんに感謝しなきゃね…」

「……ああ」


消え入りそうな掠れた声で言う翔太くんの横顔を見つめながら、片方の手を絡ませたままもう片方の手でその大きな手を包み込むように覆う。


「本当に良かった…」

「…………」


絡められた指から伝わる熱に心地良さを感じていたその時、勢い良く開いた襖に驚いて絡めていた指を離してそちらを見やると、龍馬さんの少し焦ったような視線と目が合う。


「高杉がっ」

「どうかしたんですか?!」


かなり残念そうに俯く龍馬さんに翔太くんが尋ねた。


「ちっくと目を離した隙に…」

「まさか…」


みるみる険しい表情になる翔太くんに、龍馬さんは大きな溜息をつきながら襖を閉めて、布団を挟み私と反対側へ腰を下ろすと、真剣な顔つきで手にしていた書簡のようなものを翔太くんに手渡した。


「そのまさかじゃ…」

「くそっ!なんでだ…っ…」


書簡をわし掴みし、咳き込む翔太くんの背中を介抱しながらも、高杉さんが薩摩へと旅立ったことを告げられ、同じように信じられない思いでいっぱいになる。


(大怪我していたって、藤吉さんが言ってたのに。船旅…しかも、薩摩までだなんて…)


「あいつも、ああ見えて責任感が強いからのう」


ゆっくりと書簡を開き始める翔太くんの手元を見つめながら、龍馬さんがぽつりと呟いた。しばらくの間、書簡を読み進める翔太くんの横顔と、その文面を交互に見やりながらふと、高杉さんを想う。


子猫たちに好かれて困ったような、でも少しまんざらでもなさそうな顔と、今まで聞いたことも無いほどの優しい声に驚かされ、こんな表情もするのかと思わされた。


「俺、まだ…ちゃんと謝ることが…」

「翔太が気にするほど、あいつは気にしていないと思うが」

「でも、俺のせいで…」

「高杉も、同じようなことをゆうちょった。自分もまだまだじゃ、と」

「え…」


文面がどのようなものかは分からない。けれど、躊躇ったままの翔太くんと私を交互に見やりながら、高杉さんの想いを語る龍馬さんの話に耳を傾けた。


高杉さんのことだから、薩摩行を諦めないと思っていた龍馬さん達だったが、案の定、高杉さんは「このくらいの傷で大事な協議をすっぽかせるか」と、言って断固としてここに留まることを拒否し続けていたらしい。


「それに、翔太を守りきれんかったことで、おまんにも会わせる顔が無かったんじゃろう」


(高杉さん…)


そんな龍馬さんの言葉を耳にして胸がちくりと痛むと同時に、傷を負ったまま港へと向かった高杉さんの無事を祈ることしか出来ない自分に歯痒さを感じた。



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



それから、龍馬さんと共に晒を巻き直す翔太くんを手伝い、皆さんと一緒に昼餉を済ませた後。漢方薬を飲み、再び布団に横になる翔太くんを見守った。


「ゆっくり眠って…」

「ああ…」


七夕の夜に会いに行くと言ってくれたあの日から、毎日がとても楽しくて。それからは、以前よりも更に翔太くんのことを意識するようになり…


もしかしたら、翔太くんも私の事を想ってくれているのではないかと思うようになった。


「でも、もうそろそろ島原へ戻らないといけない頃合いだろ?」

「うん…」


障子の方を見やりながら言う翔太くんに小さく頷いた。


確かに、そろそろ置屋へ戻らなければいけない時刻を迎えていたけれど、ずっとこの場にいたいという想いのほうが強くて、なかなか重い腰を上げられずにいる。


短くも長い沈黙の中。


「あのさ…」

「あのね…」


同時に呟き合い、ふと視線を合わせてすぐに逸らし合う。


「お前から…」

「ううん、翔太くんから…」


譲り合ってすぐ、俯いたままの私の視界にゆっくりと映りこむ大きな手の平が私の手を包み込んだ。


「今回のことで、嫌ってほど思い知らされた。自分の未熟さと命の尊さを…」

「…………」

「斬られた瞬間は、痛みとかあまり感じなくてさ…」


少し掠れた声がすぐ間近に感じた時にはもう、指を絡め取られゆっくりと引き寄せられて、


(…あっ…)


態勢を崩した後、一瞬にしてその端整な顔を間近に見下ろしていた。


「血飛沫を浴び……薄れゆく意識の中で、俺の前に傷を負った高杉さんが立ちはだかって。で、すぐに龍馬さん達の声がして、奴らと斬り結んでて…」

「翔太…くん…」

「初めて死を覚悟した…」


(…っ…)


私を見つめる少し儚げな瞳から目が逸らせなくなり、再びその場面を想像して思わず肩を震わせた。


「嫌だからね…」

「………」

「翔太くんが死ぬなんて…絶対に…そんなの、考えたくもない」


いつの間にか込み上げる想いが涙となって頬を伝い、翔太くんの襟元へと落ちてゆく。翔太くんは、いつものように柔和な微笑みを浮かべながら、頬を伝う涙をそっと拭ってくれる。


そのしなやかな指先が、目元からうなじに流れてゆき。手の平の熱を感じると同時にその距離が縮まり…


「んっ」


気が付けば、翔太くんの耳元に顔を埋めていた。


(えっ…え…)


何が起こっているのか理解出来ないまま、ほんの少し傾けた視界に翔太くんの頬が映りこんだ瞬間、頬を擽る柔らかい唇の感触に思わず肩を竦めた。


「ちょ、翔太く…ん」

「ずっと、こうしたかったんだ」

「え…」

「ごめん、お前の気持ちも考えず…」

「ううん、私も…その…」


痛みを堪えながら上体を起こそうとする翔太くんを介抱しながらも、強く抱き寄せられてまた何も言えなくなる。


それでも、襟元に触れたままこれまでの想いを伝えると、私の肩を抱きしめる手に力が込められると同時に、一緒に現代へ戻れるその日まで、何が何でも生き続けると言ってくれて。


そして私の名を呟き、再び受け止めた優しいキスは、額から目元へと滑り頬を伝って唇へと落ちた。


それは想像以上に情熱的で、唇から伝わる熱が体中を駆け巡り始めたその時、合わさったままの唇からくぐもった息が漏れ…


「ってぇ…」

「あ…大丈夫?!」


緩められた襟元をそっとなぞるようにして言うと、翔太くんは少し照れながら小さく頷き…


「逆に怪我してなかったらヤバかった…」

「え?」

「いや、何でも無い…」


伏し目がちに呟くと私を更に強く抱きしめ、好きだ。と、囁いてくれたのだった。




あれから、数日後の良く晴れた晩のこと。


いつぶりだろう、龍馬さんと翔太くんがお座敷へ顔を出してくれて、すでに怪我を完治させて精力的に動いているという高杉さんからの書簡を受け取ったことや、龍馬さん達も明日から京を発つということも話してくれた。


今夜は無礼講じゃ!と、言って酔い始めた龍馬さんがやがて、座布団を枕にうつらうつらと眠り始めた頃、すぐ傍の庭先へと足を運び、私達は縁側に腰掛け改めて七夕の話で盛り上がった。



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



子供の頃は、どちらかの家でパーティーしながら過ごしたり、小学校高学年くらいになると近所のお寺にみんなで集まって花火をした後、肝試しをしたり。


明日からまた会えない日々が続くことも忘れ、終始、楽しかった思い出を振り返る。


そんな中、織姫と彦星の話になった時も。どちらが先に想いを寄せるようになったのか…とか。彦星がもっと織姫の尻に敷かれていればこんなことにはならなかったのに…とか。そんなことを言い合っては、笑い合い。


どちらからともなく触れ合う指先から、今ここで二人生きていることを感じ合う。


この激動の幕末時代で生きて行けるのは、私達を見守ってくれる人たちがいてくれるからで。その中でも、翔太くんが傍にいてくれて、同様に私を求めてくれるからなのだろう。


こんなにも信頼出来る人は他にいない。


翔太くんしか…



笑ったり、怒ったり、苦笑したり。

ころころ変わる表情と、優しい声に癒されながら私はいつまでもすぐ傍にある温もりに甘えていた。


いずれ叶うかもしれない、もう一つの想いを心に抱きながら…。




【結城翔太編 完】




~あとがき~


もっと、織姫と彦星の話を中心に二人の純な部分を描こうと思いつつ、いつもよりもちびっとだけシリアスな感じに…。


これまた、私の願望が先立ちました(笑)


ひえぇぇ…翔太くんのイメージ壊れてたらごめんなさいっすガーン


一番、描きたかったのは…

主人公にとって、一番大切な人は翔太くんであり、高杉編の場合は高杉さんであるということ。


そして、月並みですが…

彼らを取り巻く周りの人達との尊い時間も、いつもよりも意識して書きました。


人って、命の危機を感じないと分からない感情もあるし…失って初めて気づかされることも多い。


だからこそ、同じ失敗はなるべく繰り返さないようにして、夢を叶える為に失敗を繰り返しながら新しいことに挑戦してゆく。


それが、生きるってことなんでしょうね…


主人公ちゃんの「もう一つの想い」は、勿論…翔太くんとの将来のこと!!!


いつの日か、結ばれるその日まで…ということでラブラブ!



でもって、なんだかんだで、「あいらぶゆー」も、龍馬×高杉編と、土方×翔太編を残すのみとなりましたあせる


今後、これらの二組をどう表現するか。

どの季節に合わせて書いていこうかなど、以前いただいた皆さんからの意見を参考にしながら、秘かに構想を練っております音譜


今回も、お粗末様でしたぁ~!!(●´ω`●)ゞ