【前回のあらすじ】


秋斉の召集により集まった、龍馬、高杉、桝屋、翔太らと共に、春香もその話し合いの中に加わり。その後、桝屋による「比翼の鳥」と、「連理の枝」の話を聞いた春香は、自らが見た夢との共通点があることに気付く。改めて恐怖感を抱きながらも、彼らから「絶対に守るから、安心して欲しい」と、告げられ、これから起こるかもしれない数奇な展開を受け入れる覚悟をしたのだった。


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【比翼の鳥】 第9話



あれから、宴会芸などで一遊びした後。


ほろ酔い気分の龍馬さんに肩を貸しながら揚屋の玄関を後にした翔太くんと、珍しく肩を並べて先を行く二人の後を追う桝屋さんと高杉さん達を見送った。


その時も、それぞれ励ましの言葉を投げかけてくれて、改めて彼らに感謝すると同時に心強さを感じた。


(…でも、これからどうなってしまうんだろう。)


新選組の中でも、腕の利く山崎さんでさえ歯が立たなかったというその男が、連続殺人の犯人なのだろうか…。


そして、その犯人が私の夢の中に現れたあの男だったとしたら…。


悪寒が体中を駆け抜けていく中、不意に背後から声を掛けられ慌てて振り返ると、秋斉さんの少しびっくりしたような顔がそこにあった。


「どないしたんや…そない怖い顔をして…」

「あ、秋斉さん…でしたか」


ほっと安堵の息を零し、次いで秋斉さんに苦笑を返す。


「後のことはええから、今宵はもう休みなはれ」

「いや、でも…」

「目ぇの下に隈が出来とる」

「えっ…」


秋斉さんのしなやかな親指の腹が目元をなぞり、思わず目元を覆うようにして俯いた。


(お化粧でも誤魔化せないほど酷いのかな…)


「花里がおらんでも、独りで眠れるな?」

「大丈夫です…」

「ほな、行きまひょ」


そう言って、秋斉さんは私に微笑み一緒に揚屋を後にした。更に近づく秋斉さんに寄り添うようにして、私達はゆっくりと歩みを進める。


「置屋までの道程、何があるか分かれへんからな」

「あ、ありがとうございます…」

「この騒乱が一件落着するまでは気を緩めんように」

「……はい」


秋斉さんの視線は常に周りに向けられていて、時々、私に優しい眼差しをくれる。揚屋から置屋までの短い距離にも関わらず、こうまでして私を守ろうとしてくれていることが素直に嬉しくて…。


「秋斉さん…」

「なんや」

「心強いです。ありがとうございます…」

「あんさんが危険に晒されたとあっては、慶喜はんに合わせる顔がなくなってしまうさかい。それに、」

「…それに?」


私の問いかけに、秋斉さんはにっこりと微笑みながら言う。


「わてにとっても大事な存在やしな」

「大事な…」

「ああ」


合わせた視線を逸らし、何故かドキドキと高鳴る胸の鼓動を抑えることが出来ずにいた。その次の瞬間、チリンッという鈴の音を耳にした途端、突然、何者かに腕を取られ路地裏へと引きずり込まれた。


「春香はん!」


すぐに背後から羽交い絞めにされ、左腕で胸元を抱き寄せられた状態のまま、素早く抜かれた小太刀を目前に、身を強張らせるしか出来ずにいる。


「……ぁ…」


かろうじて、秋斉さんの驚愕した視線を見つめた。


それは、ほんの一瞬の出来事だった。


「ゆうてるそばから…」

「あ…っ…あ…ぁ…」


何も言えなくなるほどの緊張感に囚われていると、感嘆の溜息のような息遣いが耳元を掠めてゆき。


「やっと、見つけた」


(…っ…!!)


低く掠れたような声に肩を震わせ、全身の力が抜けて行く中。その聞き覚えのある声と言葉に呼吸が苦しくなった。


それは、あの夢の中に出て来た男の声に似ていたから。


(あの男?それとも…)


ふと、男の腕に触れた指先に晒のような感触を受け、


(これって、治療の痕?!)


「秋斉さん、左手首に!うっ…ぐっ…」


なんとか声を振り絞って伝えるも、小太刀が喉元を掠めてその声を遮られる。


(どうしよう…どうしたらいいの…)


鋭く細められた秋斉さんの眼を見つめるしか出来ずにいた。その時、背後からの凛々しい声に思わず小さな声が漏れた。


「新選組だ。大人しく縛につけ」


(この声は…)


「…これ以上、私達を怒らせないほうが身の為ですよ」


(土方さんに、沖田さん…)


振り返ることは出来ずにいたけれど、その声はとても頼もしく感じた。刹那、壁に背を向ける形で両方を見やる男に振り回されながらも、私は逃げる隙を窺っていた。


「邪魔をするな…」


殺気だった低く抑えたような声が更に近づく。


「仕方がありませんね、後悔しても知りませんよ」


沖田さんの呟きとほぼ同時に、それぞれが私達にじりじりと近づいて来て、その度に小太刀が喉元に触れて気を失いそうになるも、私はほんの一瞬の隙を見て左腕を絞るようにその傷口を抑え込んだ。


「…ぐあっ」


頭上で痛みを堪えるような短い息を耳にした途端、素早くこちらに歩み寄った沖田さんの切っ先により、男の小太刀は上空へと大きく弾かれる。


次いで、男の腕から解放された私は、思いっきり前へと飛ばされてすぐに駆け寄ってくれた秋斉さんの腕の中へと身を寄せた。


「もう、大丈夫や…」

「あ、はい…っ…」


「今のうちです」


男に切っ先を向け、こちらに背を向けたまま低く囁くように言う沖田さんに頷いて、秋斉さんに守られながらも、素早く腰元に携えてあった長太刀を抜き払い、再び向かって行った沖田さんと斬り結んでいる男を見やり、私は思わず口許を押さえ込んだ。


暗くて良く見えないけれど、私の夢の中に現れた男に瓜二つで、北村さんにも見えたから…。


同じく刀を抜き払い、もう一つの行く手を阻んでいる土方さんもまたその表情を厳かに歪め、その状況を窺いながら立ち尽くしている。


と、その時。

男の表情が、まるで鬼の様に豹変し始めた。


(…あの表情…っ…)


「早く!」


沖田さんの怒鳴るような声を受け、秋斉さんに支えられながら震える足に力を込めて立ち上がるも、何故か足が竦んだままその場を動けず。


「あ、足が…」

「…わてに掴まり」


そう言って、軽々と私を抱き上げると秋斉さんは置屋目指して急ぎ歩く。そんな秋斉さんに身を預けたまま、沖田さん達が斬り結ぶ音を遠くに聞いていたその時、酷い耳鳴りと共にすぐ間近であの男の声を聞いた。



『無駄だ』



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



「えっ…」

「どうした」

「今、あの男の声が…」


すぐ傍で私に囁くように言うその声は、なおも私に語り掛けて来て、恐怖心から思わず両耳を塞いで目蓋を閉じた。


「…いやっ…やめて…」

「春香はん」


不意に、その場に下ろされ目蓋をゆっくり開けると、しゃがみ込んだままの私を覗き込む秋斉さんの心配そうな瞳と目が合う。


「…どこに逃げても……必ず…見つけ出すって…」

「………」

「それと、」


男は、最後にこう言った。


───お前は私だけのもの、と。


それっきり、聞こえなくなった声。

それでも、その声が言葉が脳裏から離れてくれなかった。



「大丈夫ですか?!」


背後から聞こえた声に、力無く振り返ると心配そうな表情でこちらへ駆け寄って来る沖田さんの姿があった。


その後ろから、ゆっくりと歩み寄って来る土方さんもまた、いつにも増して険しい表情を浮かべている。


「すまない。取り逃がした」

「それに、人とは思えぬ邪気を感じました」


土方さんの方を見やり、すぐに秋斉さんに報告するように沖田さんも静かに口を開いた。


お二人が言うには、私と秋斉さんがその場を去った後。あの男の目が紅く光り、一瞬、驚いて隙を見せた瞬間、瞬時に土方さんの頭上を飛び越え姿を晦ましたのだそうだ。


「もしや、物の怪に憑りつかれているのやも…」

「刀さばきにしても、身の振る舞いにしても…総司の数段上を行っていた。どちらにしても、厄介な相手だということだけは確かだ」


その会話に無言で耳を傾けていた秋斉さんは、私を抱きしめたままお二人を交互に見やりながら言う。


「…どうやら、思った以上に手強い相手のようやね」

「はい…」


未だ、辺りを見回しながら沖田さんが小さく頷いた。



それから、秋斉さんに支えられながらゆっくりと立ち上がり、私達の前を行く土方さんと、私達の背後を歩く沖田さんに挟まれながら置屋へと向かう。


「春香さん」

「…はい」


少し後ろを振り返りながら、沖田さんの呼びかけに答えた。


「大丈夫ですよ。私達が必ず捕まえますから」

「ありがとうございます…沖田さん…」

「貴女を守る為に、極力会いに参ります。ね、土方さん」

「…約束は出来んがな」


今度は、土方さんがこちらに背中を向けたままぼそりと呟くと、それが聞こえたのか、沖田さんの楽しげな声を背中に聞く。


「ふふ…」

「…何が可笑しい」

「本当に素直じゃないなぁ」

「だから、何がだ…」

「いいえ、何でもありません」


背後では沖田さんが笑いを堪えていて、前を歩く土方さんは背を向けたまま少し俯きがちに怒りを堪えているように見える。


どういう意味なのか分からないまま、お二人の会話に挟まれた私と秋斉さんは顔を見合わせて苦笑した。


そんなふうにして無事置屋へ辿り着くと、屯所へ戻るというお二人にお礼を言って見送り、私は花里ちゃんが戻るまでの間、秋斉さんの部屋で過ごすことになったのだった。



「どうぞ」

「おおきに」


いつものようにお茶を用意して、そっと受け皿の上に置いた。


「しかし、物の怪の仕業だとすると…厄介なことになるな」

「そう…ですね…」

「わてが思うに、」


そう言いながら、お茶を一口すすり、湯呑を手にしたまま秋斉さんはまた厳かに口を開いた。


「桝屋はんが話しとった比翼の鳥と、連理の枝と関係があるように思うんや」

「…私の夢の中に現れた奇妙な鳥と、悲恋の死を遂げてしまった夫婦の話ですよね」

「ああ。あの男の目的があんさんだとすると…」

「…っ……」


湯呑を見つめたまま固まっていると、秋斉さんは湯呑を皿の上に置き優しい声で私を導いてくれる。


「春香はん」

「え…」


ふと、視線を上げると、秋斉さんの柔和な瞳が私に向けられていた。


「すんまへんどした」

「…どうして謝るのですか?」

「あないなことがあったばかりやゆうのに…わてとしたことが…」

「秋斉さん…」


少し伏し目がちな瞳を見やりながら、精一杯の笑顔を見せる。


「き、気にしないで下さい!だって、ここまで来たらこの問題と向き合わないと…いけないんですから…だから私…」


言いながら、何故か涙が込み上げて来て。

泣き顔を見られまいと、俯いた次の瞬間…


あの優しい温もりに包まれ始める。


(…っ…)


「いつでも、わての胸貸すゆうたやろ」

「……はいっ…っ…」


涙声で答えてすぐ、私を包み込んでいた腕に力が込められ、そっと後ろ髪を梳いてくれるその手の温かさは、私から不安や恐怖を拭い去ってくれて…


そのあまりの心地良さに、今までの緊張感が嘘のように解れて行った。


「こないなったら、慶喜はんに頼み込んで護衛を雇いまひょ」

「慶喜さんに?」

「あんさんの護衛をするゆうて、一番意気込むんは慶喜はんやろうけど」


視線を上げた先にあるいつもの優しげな微笑みと、慶喜さんの笑顔を重ね見る。


「せやから、安心しい。その道専門の呪術師らにも声を掛けておくさかい」

「何から何まで、本当にありがとうございます…」

「遠慮せんでよろし。こないな時は、特にな」

「…はい」



不思議な夢も、桝屋さんが話してくれたお伽話も、北村さんに似たあの男のことも。まだまだ分からないことばかりだけれど…


たった一つ判ったこと。


それは、あの夢の中の男が私を探していたということだった。





【第10話へ続く】




~あとがき~


しばらくぶりに書いた、第9話。


いつぶりだろうか…あせる

ヽ(;´ω`)ノ


もう、今後の展開が分かった方もいるのではないでしょうか?にひひ


そして、北村隼人と夢の中の男との共通性も…。


いやしかし、だんだん本格的にホラーな展開になってきましたあせる


私は、怖いの大好きなので書いてて楽しいのですが(`-ω-´)


今回も、遊びに来て下さってありがとうございました!