【緋色の目覚め】
*古高俊太郎編*
「・・・・・・・」
乱れた襟と裾を正し、帯を締め直す。
(どうやら、またあの温もりが恋しいらしい・・・)
妄執の如く指先を伸ばし、この胸に誘ってはまた手離しての繰り返し…。
「夢幻でもええ…」
◇ ◇ ◇
彼女に魅せられてから、覚悟を決めていた。必ずこの仕事を遂行し、いつの日か我が妻として迎え入れる。
それだけは、誰にも譲れないのだと…。
だが、あれだけの器量だ。他の男らが放っておく訳が無い。しかも、いまだ見知らぬ魅力を持ったその姿を目にすれば…
心が逸る。
「恋をしてはるんか?」
「え…」
「随分と、綺麗にならはったさかい」
「…そんなことは…」
「知らぬは本人だけやね。ここへ通う殆どの男が皆、あんさんの事をかいらしいゆうてはる」
こうして、はにかんだ微笑みを目にするのはいつぶりだろうか。こうしている間だけは、己の禍根を忘れられる。
「好きな人はいますけど…」
「ほう」
恥ずかしそうに俯く彼女に微笑み、その相手が私であるという多少の自負はある。
だが、もしその相手が…
「わて以外の、男やったとしたら…」
彼女の細くてしなやかな、でもどこかあどけない手がぎこちなく銚子を持ち、私に寄り添いながら酒を注ごうとしてくれるが、酒より何より…
「それよりも、」
銚子を奪い、お盆の上に戻すと、いつものように腰を引き寄せた。
「嫌どしたか?」
「…いえ、」
消え入りそうな声で呟く彼女の肩をさらに抱き寄せ、
「そないなら、期待してはったん?」
「そんな…」
「かいらしい眼も、ほんのり紅色に染まった頬も…ほんで(それと)、」
指先を目元から頬へ、そして唇へと滑らせる。
「この柔らかそうな唇も、今はわてだけのもの」
「……っ…」
少し震えたままの指先が己の襟元に添えられてすぐ、堪らずその身を抱いたまま慈しむように横たえた。
「ま、桝屋…さ…」
「無礼を堪忍しておくれやす」
畳に背を受けた彼女の長い黒髪が艶やかに広がり、私を見つめる瞳が潤み始める。
それでも、その手を離すことが出来ずにいると、彼女の熱を帯びたままの指先が私の頬に触れ、重ね合わせていた指を絡め取られた。
「私が好きなのは…」
躊躇いの色を浮かべていた眼が、色っぽく細められるのを見逃す訳も無く。
その震えた唇を見つめながら、ゆっくりと口付けを落とした。
閉じられた目蓋も、この手を握りしめる温かい手も。何より、私を受け入れようとしている彼女の全てが愛おしく…。
止め処なく溢れそうになる想いを徐々に開放していくと、その端整な唇から甘い吐息が零れる。
「俊太郎…さま…」
「今しばらくは、このままで…」
いつ、この命が尽きてもいい。
愛する人をこの手で抱くことが出来るのなら。
そして、
「愛している、心から」
最後の想いを告げることが出来るのならば。
◇ ◇ ◇
「夢幻でもええ…」
あと一度、もう一度だけ…。
まるで、夢現ではあるが。
いつの日か、告げられるだろうか。
影では無く、己自身の想いを。
【古高俊太郎編 完】
special thanks
てふてふあげはさん
↑俊太郎さまの絵のお話が読めます♪
