【緋色の目覚め】
*徳川慶喜編*
重たい目蓋を開けると、広い部屋にたった独り。いつの間にか消えていた行燈を見つめながら、大きな溜息をついた。
「余程会いたいんだな…俺」
あの子に会えなくなってから、どのくらいの月日が流れたのだろうか。
(今すぐ会いに行けたら…)
◇ ◇ ◇
いつだったか、いつものようにあの子の部屋へ足を運んだ時、同じようなことがあった。
「慶喜…さん…」
「どうした?」
また可憐な微笑みが俺を出迎えてくれると思っていたのだが、その日は真逆だった。
笑顔を曇らせる原因は、芸事、接客であるということだが、何となくそれ以外でも悩んでいるような感じにも見える。
「また、秋斉にこき使われたのかい?」
「いいえ…」
「変な客がいるなら、秋斉に遠慮なく言っ…」
「違うんです…」
「じゃあ、どうしてそんな辛そうな顔をしているんだい?」
俯く彼女の顔を覗き込むようにそう言うと、さらに顔を下げられてしまう。
「…俺じゃ、頼りにならないかな?」
「その逆で、慶喜さんに…き、聞きたいことがあるんです」
俯いたまま恥ずかしそうに呟く彼女に微笑んで、
「俺に聞きたいことって?」
真っ直ぐな視線を彼女に向けると、頬をほんのり朱色に染めた彼女の真剣な眼差しと目が合った。
「あの……す、好きな人とかいるんですか?」
「えっ?」
唐突な問いかけに多少の狼狽えはあったものの、勿論。
「いるよ、ここにね」
そう言って、いつものように彼女の可愛い瞳を見つめ、その華奢な体を抱き寄せながら朱色に染まった頬に触れた。
「冗談だと思ってる?」
「…はい」
「それは残念だね。俺がどれだけお前を想って来たことか…」
でも、そう思われても仕方がないな。
秋斉がいつも言うとおり、俺はこういう性質だから。
「お前の方こそ、惚れた男でもいるのかい?」
「……います」
彼女は、そっと俺の手を両手で包み込みながら伏し目がちに呟いた。
その仕草一つ一つや、少し舌足らずな物言いが俺の心を擽り…。
「慶喜さんは、私のこと…」
「俺はお前だけを想い、愛してきたつもりだ。それが伝わっていなかったようだけどね…」
徐々に微笑みを取り戻しつつある彼女を我が胸に誘うと、次第に彼女の小さな手がぎこちなく俺の胸に添えられる。
「慶喜さん…」
「ん?」
「ずっと……好きでした」
「やっと、言ってくれたね」
お互いの視線を合わせ、微笑み合う。
その優しい笑顔、柔らかな温もり。
この子の全てが愛おしく…
今の俺には、無くてはならないもの。
そして、これからの俺にも…。
初めて目にした時から、惚れていたのかもしれない。
珍しい着物を纏い、どこか異国の雰囲気を漂わせていた彼女。切なげな瞳が何ともいえないほど惹きつけられ、どうしても気になって新選組屯所へと足を運んでいた。
そして、ここへ連れてきてからというもの、会う度に色香を漂わせるようないい女になってゆき。時々、声を掛けるのも躊躇われるほど色っぽい表情を覗かせたり、誰に対しても同じように気遣える彼女に心底惚れて行った。
会えない日は、心配で心配で。
辛い思いをしてやしないだろうか?
頑張り過ぎてやしないだろうかと、独りになる度に考えていた。
でも、これからは違う。
「もう少しだけ、俺を信じて待っていてくれないか?」
◇ ◇ ◇
「余程会いたいんだな…俺」
彼女の夢を見たのはこれで何度目だろう。
こんなにもはっきりと彼女を感じたのは初めてだし、しかも、しっかりとこの胸に誘い……ずっと抱えていた想いを告げていた。
(それにしても、いつも途中で秋斉に邪魔されていたのに…今夜は二人きりだったな…)
思わず秋斉の呆れ顔を思い出し、ほくそ笑む。
次はいつ会えるか分からないが、今は…
不退転の決意の下、明日を見据え続けなければ。
あいつとの約束を果たす為。
いつの日かやってくるであろう、彼女との幸せな日々を守る為にも。
【徳川慶喜編 完】
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