神介は表に出て撮影所の周りを歩いてみた。この撮影所は高速道路側に面した東門から入り、右につまり北側にメーク室、衣装部、俳優控え室などの出演者関係の二階建てプレハブがコの字型建てられ、その反対側に制作室、スタッフルーム、録音室、映写室などがある。建物の間は駐車スペースも含め広い空間を取ってあり、その奥、坂を少し上ったところにスタジオが建っている。戦後間もなく建築されただろうスタジオは、冷暖房の設備も無く古さだけが際立つ撮影所だ。

 神介はスタジオの裏手の方に廻ってみた。それまで気付かなかったが、スタジオの周りは高いブロック塀に囲まれ、その上には鉄条網が張り巡らされている。塀の向こうは鬱蒼とした森で、その向こうにはあの朽ち果てたコンクリートの建物が在るのだろう。

 スタジオの真裏にひっそりと小さな社が祀られていた。人一人通れる鳥居もあるのだ。神介は鳥居をくぐり、拝殿の前で手を合わせ礼をし、拍手を打とうとして「何か違う?」と動作を止めた。
「何が違うのだ……そうだ、方角が違うのだ」神道の神は天照大神だ。当然神殿は日の光の方角、東か南に向かって開かれている。しかしこの社は西に向かって開いているのだ。
 
 神介は子供の頃から神社が好きだった。鳥居に一歩足を踏み入れると、どんなに嫌なことがその前にあろうとも気持ちが落ち着いてくる。神社の境内の中で神介はどのくらいの時を過ごしたか。
 趣味というものが無かった神介は、学生の頃から休みを使って神社巡りをしていた。それは今でも変わっていない。

 神介は祠の中の主祭神を調べた、日本武尊だ。「そうか、大鳥神社か」このスタジオから目黒駅の方角、西に向かうと、駅から道路が急坂になる。これを権之助坂と呼んでいる。その坂を下りきった所に大鳥神社がある。大鳥神社の主祭神が日本武尊なのだ。

 スタジオと大鳥神社は一キロと離れていない。その大鳥神社と対面するようにこの社を祀ったのは何か意味があるのだろうか。その途中の権之助坂は江戸の中期、名主の菅沼権之助が民の難儀を救う為にこの道を造ったのだが、お上の許可を受けずに造った咎により、権之助は死罪を受け刑場に引き立てられた。その道行き、この坂を振り返り、家族を想ったことから、権之助坂と名前が付いたと伝承されている。

「手入れを怠ってますな」神介の後ろから声が掛かった、あの刑事(黒滝)だ。「これじゃ神様も可哀相だよねぇ~」黒滝が近付いて来た。

                                                       つづく