入院中の検査というのは、ものぐさなな奴にとって
これほど快適なものはない。
通院だといちいち早く起き、服装を整え、電車に乗らなくてはならない。
ところが入院していると、パジャマのままで、直前まで寝て居ても
看護師の若い女性が起こしに来てくれて、検査室まで連れて行ってくれる。
そしてほとんど待つ事も無く検査が受けられる。
 
一日にだいたい一つか、多くて二つぐらいの検査しかないから
後はやたら暇だ……
 
部屋でボーっとしていても、暇な事この上ないので
ナースステーションの斜向かいにある団欒室に向かう
団欒室といっても十人ぐらいが座れるソファーが置いてあるだけだが
行けば必ず誰かが居る。
 
人間というのはどんな状況でも、人が恋しい生き物なのだ。
私の性なのだろうか、こんな状況なのにやたら情報収集の意欲がわいてくる。
 
「もう、入院して長いんですか? どちらが悪いのですか?」こんな質問を投げかけてしまうのだ。
するとどうだ。
殆どの人が嫌がらず微に入り細にわたり、詳しく自分の病状を話してくれる。
 
患者A 「あたしはねぇ~、もう七十歳だから、いつ死んでも何も悔いはないんですがね、自宅に帰されるのが
参っちゃうんだよ……もうすぐ出されちゃうと思うんだが、政府がろくでもない法律作るから、長期入院が出来ないんですよ」
 
患者B 「私も一度返され、二度目の入院なんですが、通院は堪えるんですよ・・・駅の坂と階段がね
しんどくて、何回も休まないと地上まで出られないんですよ・・・行き帰りだけでへとへとですよ」
 
私   「どこが悪いんですか?」
 
患者A  「あたしはね、食道癌ですよ。もう入院して二か月半なんですが、抗がん剤治療を○セットやって
今は放射線治療です。癌がもっと小さくならないと手術出来ないんですよ」
 
私    「抗がん剤治療は、やっぱし辛いですか?」
 
患者A  「そんなことはありませんよ。今は薬が良く出来ていて、吐き気も、毛もあたしは抜けませんでした。
これ、この通り、元気いっぱいですよ」
 
患者B  「私はこの病棟に来る前、耳鼻科に入院していたんですがね、そちらでは副作用は来てましたね。
私もかなり吐き気に悩まされましたから」
 
私    「(患者Bさんに)どちらが悪いんですか?」
 
患者B  「私は喉頭癌でしてね、この病院の耳鼻科へ入院したんですよ。それというのもこの耳鼻科の○○教授は、この道の権威でしてね、国立がんセンター、その他どの病院の耳鼻科へ行っても声帯を切除するという
診断を、この病院の○○教授は声帯を取らずに治療するんですよ……なにしろ凄い先生なんですよ。
それで私も放射線治療をしていたんですが、こんど大腸に転移が見つかりましてね・・・こちらの移って来たんです。幸い肛門から少し離れているので、人工肛門は避けられそうなんですが」
 
この患者Bさんは私と歳が同じで、結局わずかな希望も空しく、人工肛門になってしまったようだ。
Bさんと二人で話した時・・・「毎晩、不安で不安で・・・しょうがないんですよ」と、暗闇に浮かぶ高層ビル群の
赤い点滅照明を眺めながら、小さな声でつぶやいたBさんの一言が、私の耳にこびりついている。
 
患者Cさんのケース・・・「俺の胃癌はね、あの糞女の所為なんですよ! 私は一バツなんですが、ひょんなことから糞女と付き合うようになり、同棲までしたんですがこれが恐ろしい女で、私の友人関係から仕事、立ち寄り場所、飲み屋とか麻雀屋なんか、全部調べ上げて、私の行動全部チェックするんですよ。それで帰りの時間とか
30分違うと「どこの女と浮気していた」と責めるんですよ・・・私はいい加減頭へ来まして、別れると云ったら、財産の半分を寄越せというんです。
私、親父の代から工場をやっていたんですが、バブル崩壊と同時に貸しビル業に移りまして、それでなんとか生き延びてきたんですが、その権利のはんぶんよこせと云うんです。
あんまりバカバカしいんで、別れて放っておいたんですが、それから糞女のストーカーが始まりだして
どこで調べるのか、私の行く所、行く所、先回りしたり待ち伏せしたり、現われるんです。
警察や弁護士に相談したんですがどうにもならなくて、とうとう私は家を出るのが怖くなって家で酒ばっかり飲んでいたら癌になってしまったんですよ。
そうしたらどこかであの女このことを聞きつけて、「あんた癌保険に何口も入っているでしょう。半分私によこせ」というんです。
まったく堪りませんよ・・・とガリガリに痩せてしまった顔に怒りと恐怖と絶望を浮かび上がらせる。
まだ四十代半ばと思うCさんだが、絶望の顔は七十代にも見えてしまう。
 
そのなかで唯一明るいのが前述したSさんだ、「胃がんをペリッとね、一皮剥くんですよ、それで終わり、去年から見つかっていたんですがね、小さすぎて手術出来なかったんで、成長を待って今回切ることになったんですよ」と日焼けした皮をむくような気軽さで手術を待っている。
しかしこのSさんも胃癌の手術は二度目で、おまけに胆のうも取ってしまっている。
「胆のうなんてえのは、無くても何の支障もないそうですよ。盲腸みたいなもんですな」と明るく笑い飛ばす。
それが決して強がり何かではなく、このSさんはどこか達観してしまったようなところがある。
人間性も勿論あるのだろうが、気持ちの良い人だ。
 
気持ちが良いといえば、この病院、表の派手さとは大違いで、すこぶる居心地が良いのだ。
どこが快適なのだろうと観察すると、それは看護師の態度にあった。
 
ここの看護師たちは一様に意識が患者にいっている。
細かな気の使い方が、何の不自然も無理も無く、看護師たちに浸透しているのだ。
 
私は入院の間、いたるところでこの○天○病院の看護師の手厚い、真摯な介護の場面を目の当たりにした。
 
私はこのブログでも、他の所でも、尊敬する職業はと問われれば、医師と看護師と答えている。
それは私には絶対出来ない仕事だからだ。
本当に尊敬している。
そして今回は、i医師の素晴らしさは勿論だが、○天○病院の看護師のみなさんに脱帽だ。
本当に患者と向き合って、日々の仕事に邁進しておられる。
 
○天○病院長の言葉がここにある。
 
一部を抜粋すると……
当院では優れた専門的知識を有する各科の医師、診療にかかわる全ての人々が力を合わせ、一丸となって
それぞれの患者さんに最適で最高の医療を提供すべく努力をしております。
 
私たち「チーム」の合い言葉は○天○の学是である「仁」です。
他におもいやる心をもって、患者さんやご家族、そして仲間と協力し合いながら心のこもった医療で
皆さまにご満足いただけるように精進いたします。……とある。
 
まさしくお題目で無い病院の姿勢が、私たち患者に、一服のやすらぎをあたえてくれている。
 
                                                              つづく