Aの「ラスベガス上空では飛行機がよく落ちる」と云った言葉が頭の中を駆け巡る。
機内では機長と思われるアナウンスが流れだしたがなにしろ英語……
何を云っているのかさっぱり分からない。
 
私の心臓は音が表に飛び出しそうになるほどたまげてしまっている。
私はどこかに書いたと記憶しているが
飛行機に乗る時は「俺は死んだ」といつの頃からか思うようにしていた。
何故かといえば、もう飛行機に乗ってしまったのだから、どうジタバタしても
成るようにしか成らないのだ。
 
そう覚悟をして毎回飛行機に乗るのだが、実際にこれだけのアクシデントに見舞われると
やっぱり心の中で「俺は強運な男だ! こんなことでは絶対死なない!」と暗示を掛けないではいられない。
 
乗客はみんな黙りこくっている…エンジンの音だけが不気味に響く
緊張の十数分間だった……
 
飛行機が滑走路に着地した瞬間、乗客が一斉に歓喜の声を上げ拍手が鳴り響いた。
私たちもつられて「イェッー!!」などと気勢を発していた。
やっぱり、怖かった!
 
ラスベガスの空港で荷物を受け取ると案の定、トランクは傷だらけ
ゴルフバックはぺしゃんこになっている。
 
タクシーを拾いに表に出ると目の前に真っ白なリムジンが止まっている。
誰が乗るのか様子をみていると、あの、芸能人の匂いプンプン男が
肩で風を切りながらリムジンに乗り込んだ……やっぱりラスベガスだ!
 
タクシーの中での我々は、先刻の恐怖などすっかり飛んでしまい
二人とも心の中はルンルンだ。
 
なんつったって「ラスベガス!」だ。
私はこの街に来ることをどれぐらい願っていたか
若い人たちには分からないだろうが
私たちの年代は映画、音楽という形で「この世の楽園ラスベガス!」と刷り込まれていた。
 
それはアメリカ人とて同じ事で、享楽・快楽・エロス・欲望…人間の羨望の街なのだ。
 
私はカジノが一番、しかしショーも観てみたいし、ポルノも見たい!
日本はまだ全然解禁ではない時代、インターネットなんて言葉さえも聞いた事がない。
 
成田空港で出発の時間待ちをしているとき、Aが私に云った。
「ところでさぁ~、ラスベガスはあっちのほうどうなってるの?」
「あっちって?」
「分かってるくせに、あっちだよ」
「あぁ、あっちね」
「どうなってんの!」
「俺が訊いたところでは、夜の十時頃を過ぎるとカジノにその手の女が客をみつけに現れるんだってさ」
「それで!?」
「博打をしてると、女の方から声を掛けてくるみたいだよ」私がそう答えるとAは
「そうか! じゃやっぱり買っておかないとまずいな~~」と満面に笑みを浮かべ「速水ちゃん行こう!」
と云った。
「どこへ?」と私が訊くとAは「薬局! 薬局!」と広いフロアーで薬局探しを始めた。
 
私も仕方なく付いて行ったが、Aが薬局の女の子に「コンドーム」と云った時の
女の子の軽蔑した顔……ついでに女の子は傍に居る私にも軽蔑のまなざしを向けた…「ウワァー誤解だ!」
 
「部屋、どうしようかな~~!」Aが真剣に悩んでいる。
何故かといえばAの息子がフラミンゴホテルに待機している。
今夜、Aと息子は同じ部屋に寝るのだ。
息子は十九歳、Aは厳格な父親で子供に接しているので、娼婦に鼻の下を伸ばしている姿など
間違っても見せられないのだ。
 
「いいよ、その時は俺が部屋開けるから」と私が云うと
「そおおお~~悪いね…で息子になんて云えばいいかな」と訊いてくる
「カジノに行くからお前は寝てろって云えばいいじゃん」
「そうだ、そうだ、なんだ簡単だ」・・・・・・
 
てなわけで、タクシーはとうとう憧れのラスベガスの街に入っていった……
 
                                                            つづく