昨日の「私にも経験がある」この事についてだが
それはやっぱり喧嘩だ。私にとっては腹に据えかねた正義の喧嘩だが
相手にとってはそうではなく、自分を正当化するためと私から慰謝料を取る為
赤坂署へ被害届けを出してしまった。

本人は届けを出さず、それをネタに私から金を取ろうと企んでいたのだが
そんな企みがあることなど知らないそいつの知り合いが、被害届けを出してしまったのだ。

そして私に逮捕状が出て、赤坂署に出頭したというわけだ。
刑事に事の顛末を話すと「そりゃあ、君が怒るのも無理は無いな…しかし怪我をさせたのはよくない」
ということで罰金刑となった。私が二十歳の時だ。

ここでやくざの喧嘩というのはどういうものか、すこし書いておこう。

Sさんの場合、姉さんの組織は全国でも二番目の大きさだ。
一方、相手の組織は三百人ぐらいの小さい組だ。

素人考えだと、姉さんの方から相手の組織に脅しをかければ、喧嘩なんかにならないと思うだろう。
ところがやくざは考え方が全く違うのだ。
相手の組織の大小に関わらず、喧嘩に負けたらお飯の食い上げなのだ。
喧嘩をしたら勝たなければならない。
組織は喧嘩の後に出てきて喧嘩の後始末をするのだ。

だから今回のことも姉さんは味方した以上、自分でけりをつけなくてはならなかった。
取り敢えず、こんなことが起きているということは、若頭に伝えておいたが
それで加勢を頼んだわけではないのだ。

Sさんは若頭に聞かれた「それでお前はやくざになる気があるのか?」と
そしてやくざの喧嘩というのはタマの取り合い、つまり命の取り合いだということを
懇々と訊かされ、その覚悟は出来ているのかと問われた。

Sさんははっきりと答えた「自分はやくざになるつもりはありません。また、そんな根性もありません。
しかしこのたびは、姉さんに命を助けられました。姉さんに助けられた命、これからどのようにお礼をしたらよいのでしょうか」とSさんは若頭に尋ねた。

若頭は言った「分かった。それでは十年間、白州(姉さんのこと)にお礼奉公をしろ。白州もそれでいいな」ということになった。

実はこの若頭、私も二度ほど会ったことがあるのだ。この人に私も一度助けられた。
この若頭は東映の任侠映画を地でいっているような、カッコいい人だった。

そして何度もこの話に出てくるが、この組の親分、つまり○○会の副会長という人が伝説の人だった。
「やくざはシャブや女で食おうとするな、我々は博徒だ」が口癖で、本当に組員がシャブをやったり
女を食い物にしていたことがばれたら、即、破門だった。

若頭もこの親分を尊敬し、同じ道を歩んでいたので、まことに男らしい人だった。
現在でも芸能界で活躍している女優がこの若頭に入れあげて、後を追い掛け回していたのを私は知っている。姿かたちもカッコ良かったが、半端じゃなく女にもモテた人だった。
現役の親分なのでこれ以上書くわけにはいかないが、そういうやくざもまだこの世の中には居るのだ。

Sさんは翌日会社に出勤した。
当然、課長から呼び出され首を言い渡されるだろう…Sさんは自分から辞表を出そうと思ったが
課長のうれしそうな顔を想像するとムカつくので、呼び出しがあるまで惚けていようと思った。

午前中、同僚のあいつやら、他の社員が昨日の出来事を聞きに来る。
適当にSさんはあしらっていたが、課長は何も云わない。
まるでSさんを無視したように仕事をしている??

午後になっても課長は何も言わない……「どうなってんだろう?」Sさんは不思議だった…
しかし退社時間になったので、Sさんはバックレテ、真っ直ぐ姉さんの事務所に向かった。

                                          つづく