電話を切ったSさんの所に、一番仲の良い同僚が飛んできた
「何があったの? 」Sさんの顔が尋常ではないのだ。

「Sくん、何事だ! お客様とのトラブルじゃないだろうな」課長の関わりたくないが
役職のてまえ、言わざるを得ないような、迷惑そうな声が室内に響いた。

「お客様ではありません。自分の私的な電話です」Sさんは課長に答えた。
「会社の電話を私的なことに使うな」そう言って課長は黙った。

Sさんは○○鉄道でも特異な存在になっており、○○鉄道のやくざとみんなが呼んでいた。
サラリーマンの世界は減点主義で、取り敢えず失敗しないことが出世に繋がる。
スポーツ選手のように目立つと足を引っ張られるのだ。
だから出世を望んでいる上司達にしてみれば、Sさんは邪魔な存在以外の何者でもない。
「問題を起こさんでくれよ。私の出世に関わる」出来れば早く辞めて欲しいと思っているのが
本音のところだ。

では好き勝手にやっているSさんが、何故首になったり、配置転換になったりしないのかというと……
実はそれには深い訳があった……しかしその事はSさん自身もこの時点では知らない。
それは……いずれ明かになってくる。

それはさて置き、Sさんは完全に窮地に追い込まれてしまった……逃げようが無い。
心配する同僚に「会社が終わったらいつもの喫茶店に来てくれ。事情はその時、話す」そう言って
椅子に座った。

Sさんはいつも不良の様に日々の生活を送っているが、徒党を組んで遊んでいるわけではない。
自分の趣味で、浅草の街を徘徊しているのだ。
いわば一匹狼、こんな時頼るやくざも居なければ、不良仲間も居ないのだ。
三百万などという大金は、逆立ちしても用意できない。
三十数年前の三百万だ…今の価値にしたら一千万だろうか……
Sさんは、全く仕事が手に付かない。

やがて仕事が終わり、喫茶店に行くと、同僚が既に待っていた。

Sさんは昨日と今日起こったことを同僚に話し、一通の手紙を同僚に託した。
その手紙はSさんが考え抜いて出した結論だ。

Sさんは同僚にこう言った。
「明日の午後、そのやくざから連絡があるだろう。俺は会社を抜け出しそのやくざと会うが
 どういうことになるか、それは会って見るまで分からない。
 しかし、金なんか無いからロクなことにはならないだろう……もし俺が会社に帰ってこなかったら
 その中に入っている辞表を課長に出しておいてくれ…俺のことで、会社に迷惑を掛けるわけにはいかない」
Sさんはそう同僚に後の事を頼んだ……

                                           つづく