ちょっとその前に、 midgardくん「55555」ゲットおめでとうヽ(^o^)丿
5という数は何事につけても縁起の良い数とされている。
これから良いことが起こることを祈ります(^_-)-☆


新東宝というのは、元の東宝がレッドパージ、労働争議などと映画制作が儘成らなくなって
第二東宝という形で出来た会社だ。(だから五社には入れなかった)

第二東宝も、新人の育成、他の映画会社からの引き抜き、それなりに努力はしたものの
経営はウマくいかず、その後、大蔵映画とか、我々がよく通った国際放映とかに名称を変え
今はレモンスタジオとなっているのかな?TMCか!スタジオは存在する。

新東宝出身の俳優さんは、菅原文太さん、天知茂さんなどが有名だが、文太さんは他社に移ってから売れた・・・本家の東宝が落ち着くとともに新東宝もその役割の終焉となるのだが
一作品だけとんでもないヒットを飛ばした作品がある。
それは裕次郎さんのことも含めて後で語ろうと思っていたのだが、この際だから題名だけ教えておく
それは「明治天皇と日露大戦争」(1957年制作)という映画だ。
この時のことは、もう少し後で詳述します。

さて、他の4社が金庫に入りきれないほどの札束を集め、ヒットを飛ばしているというのに、日活は(@_@;)

戦前、戦後の映画会社というのは、離合集散を繰り返し、大手五社に落ち着いたのだが
日活は出遅れてしまった・・・

その遅れを取り返そうとしたわけではないのだろうが、東京、調布、多摩川の横に
ハリウッドのスタジオを模した、凄いスタジオを建てた・・・冷暖房完備のスタジオだ
そんなスタジオは、どこの映画会社にも無い。

スタジオは作ったが子飼いの俳優、監督、スタッフが居ない・・・日活は他社の俳優を監督を
滅多矢鱈に引き抜く・・・南田洋子さんなども高い契約料で大映から引き抜かれた・・・

しかし映画会社というのは前述したように、各映画会社独自のDNAが存在し
企画の段階からプロデューサー、監督、会社の重役、社長等が頭を捻って作品を作り出し
それが映画会社の個性となっていく・・・

寄せ集めの日活にはそれがない・・・その当時のラインナップを見ると、まさしくバラバラだ(-_-;)
時代劇あり、メロドラマまがいのもの在り、喜劇在り、何をお客に提供したらいいのか
迷いに迷っている。
それに他の映画会社のような絶対的なスターが居ない。
寄せ集めのスターにただ単に合わせている様な魅力の無い映画ばかりだ・・・

いかに映画全盛とはいえ、つまらない映画に客は入らない。
あの当時は小屋主の声が直ぐに映画会社に反映され、客の入らない役者は直ぐに主役を降ろされる。
今の視聴率よりもシビアだ。

そんな訳で、日活は作れど作れどヒット作は出ず、赤字続きの経営だった。

そこに降って沸いたように一人の若者が登場する・・・・・・ジャジャジャジャーン!!\(~o~)/

裕次郎さんだと思うでしょう・・・ところが違うんだな・・・兄の石原慎太郎だ\(◎o◎)/!

                              つづきは明日(^^♪