前回のブログでは、幼い頃の出来事とトラウマについて書きました。

今でも断片的に記憶が蘇る事がありますが、その都度カウンセリングで感情整理をしています。私にとってカウンセリングは、精神状態を安定させる唯一の方法なのだと思います。


今回のブログでは「更生に関わる支援」について、少年院退院後を振り返りながら書いていきたいと思います。

 

仮退院に向けて

仮退院が近づくと、院生は担当教官と退院後の方向性について話し合い意思決定します。

成人するまでの保護観察期間中、

・一定の住居に居住し正業に従事すること。

・善行の保持。犯罪性のある者、又は素行不良者と交流しないこと。

上記は、一般遵守事項と言われるものですが、それと付随して

・大麻などの薬物に手を出さないこと。

という特別遵守事項があります。


もちろん少年院では、薬物離脱指導が行われていますが、

「社会復帰後、薬物に手を出さないために必要な支援や治療を受けなさい。

と、細かく丁寧に書かれてはいません。

本人の意思に委ねられている部分もありますが、当時は、少年院で学んだから大丈夫だろう。いい加減、懲りただろうという考えが上回り、支援する人間も、私も無知だったといえます。



厳しさは更生に繋がるのか?

お世話になった身元引受人の方は、情に熱いタイプの方で、常に「絆」を口にするような方でした。仮にTさんとします。

(この方は薬物による逮捕歴があるそうですが受刑歴はありません。)


少年院出院後は休むヒマなく、遊ぶヒマも作らなければ再犯はないだろう。遊ぼうとするから余計な悪さをする。必要最低限の対価で自立する事の難しさを学ばせ、必ず更生させます。と仰っていました。


Tさんご自身の辿った経験が、成功体験(更生)であり、この方針は万人に通じると考えていたように私は感じます。

過去記事には記していませんでしたが、後に明らかになったことを今回は書いていきたいと思います。

まず給料の未払い。怪我による欠勤にも厳しく、労働が続きました。

当初は寝食共にし、アットホームな援助をしていくと聞いていましたが、すぐに独居となりました。

食事に連れ出してくれることもあったそうですが、当時18歳。地元を離れ、知らない土地での生活。寂しいなんて弱音を吐いてはならない。少年院上がりだから、少ない対価なのも仕方ない。雇ってくれる感謝の思いはあるけれど生活は厳しかったと聞きました。

とにかく一生懸命頑張らなければと思っていたそうですが、当時は、「報われない感覚」が強かったと言います。


その後、息子は、うつ病を診断されていますが、「ご両親を心配させるな。」という意見から、こちらへの報告はありませんでした。またオーバードーズしたことも事後報告されています。



Tさんに対する違和感

再び逮捕されたのは、保護観察期間が終了する直前の事でした。

その頃の私はTさんに対する違和感が募っていました。

一般遵守事項の通り、息子の居住地は社宅としていましたが逮捕後、Tさんからすぐに指示されたのは、

「実家から通勤していたことにしてあるので、荷物取りに来てください。あと警察にも話合わせといてください。」 

というものでした。


会社や社宅にガサ入れが入っては困る。

自分には守るべきものがあるんです。


Tさんの言いたい事はわかるけれど、「なんで?」という思いが駆け巡っていました。

逮捕翌日、夜逃げのように息子の荷物をまとめた私には、何とも言えない虚しさがありました。


夫とも不仲な状態のまま、息子の出院を待つだけで、薬物依存症に対し学ぼうとしなかった事。当事者だけに焦点をあて、共依存状態に陥っていた自分を認めることもできず、責めることしかできませんでした。


保釈申請が通り、私は息子をつれ、即座にTさんの元へ謝罪しに向かいました。

「根性が無さすぎる。」

「どうせまたやるんだろ?」

「立派な犯罪者の顔してるんだよ!!」

「信用なんて出来るか、バカやろう!」

怒鳴り声が響き渡っていました。

「お母さんもね、土下座するくらいのほうがアイツには効果ありますよ。」

と見せしめの土下座を強要し、息子には反省文と誓約書を書かせました。


あなたのためという名の支配

この事件は執行猶予判決となりました。

裁判中に成人したことで、初犯扱いになり、執行猶予は概ね予想可能で国籍弁護人で充分な案件でした。

どれだけの人間に迷惑をかけたか。

犯罪を犯すと、どれだけの人間と金が動くのかを身をもって体感させる事が必要だ。

と考えたTさんは、私撰弁護人を雇いました。


裁判にかかった弁護費用の返済や、金銭管理を含む軟禁状態が続きました。

「こんなんだったら少年院に行った方がマシだ…。」息子の心は更に追い詰められていたと考えられます。


当時、息子と共依存状態だった私は、Tさんや、その周囲の人間にもコントロールされていたことに気づいていませんでした。

正常な判断が出来ませんでした。

息子の心の奥底を知ろうとしなかったのは、紛れもなく周りにいた大人の私たちです。



依存症に無知である者同士が当事者を支えることは不可能です。

アイツの状態なら治療など必要ないという姿勢は一切変わりませんでした。
今考えると、一素人が一体どの基準で判断していたのか理解できません。

この人ではダメだ。あぁ、間違っていた。
我に返った私は、治療に繋げるため、息子を呼び戻しますが、時すでに遅し…天を仰ぐことしかできませんでした。
(詳しくは他記事をお読み下さい。)

依存症は家族も周囲も蝕む病です。
1人よがりの思いや力では、状況を悪化させるだけです。
依存症に無知である者同士が、当事者を支えることは不可能です。
ですから私は、永遠に学び続けたいと思っています。


今回のブログは以上になります。お読み下さりありがとうございました。

体調のアップダウンがあり、更新が滞っていましたが、またゆっくり自分のペースで続けていきたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。