2016年7月。

東京都内の気温が今年の最高気温となったこの日、

渋谷にある芸能プロダクション道玄坂テレビジョンの事務所では、

新人アイドルグループのオーディションが行われていた。

 

総勢500名の応募者の中から選ばれた100名で行われる最終オーディション。

 

 

その中に榎本あやせはいた。

 

青森にいた高校時代からアイドルへの憧れはあったが、

親の反対もあり上京してアイドル活動をするなど

到底叶わない夢だと思っていた。

 

だからもう一つの夢でもあった看護師になろうと思って東京の専門学校に通うことにした。

 

 

でも東京に出てきて実際にYouTubeで見ていたアイドルを生で見る機会が増えると、やっぱり諦めきれない思いを抑えることができなかった。

 

オーディションに合格したとしても来年には看護実習が控えている。

看護実習はアイドル活動と両立できるほど簡単なものではないのは分かっている。

 

それでも今ここで諦めたらきっと一生後悔する。

 

そう思って応募することにした。

 

 

 

アイドル経験はなかったがダンスには自信があった。

好きなアイドルの振りをコピーしたり、

学校のサークルでも舞台に立つこともあったから

ダンス審査も着いていくことができた。

 

 

ダンスがうまいか、ヘタかはだいたい見ていれば分かる。

 

隣で踊っていた子はダンス経験がないらしい。

リズムが取れていないし、全然着いていけてない。

表情にも焦りの色が見えていた。

でも自分のことだけで精一杯なのに

他の子を教えている暇などなかったから

自分のことに専念するように心がけた。

 

 

ダンス審査の休憩時間。

 

 

軽食を済ませて前半で教えてもらった振りを確認していると

さっきまで隣で踊っていた子が地面を見つめながら泣いているのが目に入った。

 

 

オーディションで他の女の子を励ましている場合じゃない。

そう何度も思ったが、なんだか放っておけなくて声をかけた。

 

「ねぇどうしたの。泣いててもしょうがないんだから復習したほうがいいよ。」

 

そう言うとその子は泣きながらこっちを見て言った。

 

「ワイは・・・ワイは・・・今まで何をしてきたんだ・・・」

 

「ワイ・・・」あやせはやばい子に話しかけちゃったなと思った。

 

「ワイはずっとアイドルになりたくてAKBとか、乃木坂とかいろいろ応募したけど全部書類でダメで。ワイのことを見てくれたら絶対に合格できるのにって思っていたのに、ダンスの勉強もしないでいたから・・・」

そういうとあやせの顔を見て号泣し始めた。

 

あやせは困ったなぁと思った。

ダンス審査の後半に向けてやっておきたいことはあるのに・・・

しかし、このまま見過ごすわけにもいかない。

 

迷った結果、少しだけ話を聞いてあげようと思った。

 

「ワイはアイドルが全力でがんばる姿が好きだからきっと自分も全力でやったら認めてもらえると思っていたけど、全然ダンスも着いていけないし、あれじゃ絶対合格できないや・・・」

 

なんだか随分とネガティブな子だなぁと思ったが

このままずっと付き合ってるわけにもいかないので

「まだオーディションは終わってないよ。諦めたら試合終了だって安西先生も言ってたでしょ(笑)」

そう言って元気づけた。

 

「えっと、まだ名前聞いてなかったよね。名前聞いてもいい? あ、ちなみに私は榎本あやせね。」

 

「ワイは吉岡ひなた。友達からはひなちって呼ばれることが多いんだ。」

 

「ひなちね。よろしく。いつまでも泣いてないで練習しよ。」

あやせはそう言って自分の練習に戻ろうとすると

急にひなたが大きな声を出した。

 

「あ!!」

 

「なになに?」

びっくりした表情であやせはひなたを見つめた。

 

ひなたは急に正座をしながらあやせに向かって言った。

「あやせちゃんお願い。ワイにダンスを教えて。もう一生のお願い。お願いします。」

そう言うとひなたは土下座をしてあやせにお願いをした。

 

 

「いやいや、ちょっとやめてよ。みんな見てるじゃん。」

オーディションに来た他の参加者も急に大きな声がしたと思ったら

土下座を始めた光景に驚いた様子で見つめている。

 

「分かった分かった。教えるから頭を上げて。ね、お願い。」

あやせがそう言うとひなたはようやく頭を上げた。

 

「え、本当に。やったやった。師匠お願いします。一生着いていきます。」

ひなたは満面の笑みで言った。

 

 

あやせはなんだか変な子に巻き込まれちゃったなと思っていたが

もうここまで来たら教えてあげるしかないな

と割り切って考えるようにした。

 

 

あやせはひなたにダンスを教え始めると

あやせの想像以上のスピードでひなたは上達していった。

 

あやせ自身もひなたに教えることでいい復習になっていた。

 

ひなたは気持ちばっかり空回りしているように見えたが

そこもまた愛らしくてかわいい子だなと思った。

「ひなちすごいよ。どんどんうまくなってる。これなら合格できるかもよ。」

 

「本当に! なんかワイもそんな気がしてきた。」

ひなたは単純というか素直というか

教えたことはなんでもすぐに吸収してくれた。

 

 

 

休憩時間が終わりダンスの先生がスタジオに入ってきた。

オーディションの参加者は一斉に立ち上がる。

 

「はーい、じゃあ後半の審査を始めていきます。まずは5人1組になってもらえるかな。」

 

そういうとダンスの先生は5人1組に分割していった。

あやせとひなたは近くにいたこともあり同じグループになった。

先生の指示で5人の立ち位置も決定され

60分後、グループごとに発表することが伝えられた。

 

5人は簡単な自己紹介を終えると

まずは一度5人で踊ってみることにした。

 

 

するとセンターを任された子がひなたのところに近づいてきた。

「ねぇあんたマジメに踊ってる?」

ひなたに顔を近づけながら言う。

 

「ワ、ワイは・・・」

ひなたはうつむき加減で何かを言おうとしてためらった。

 

「あんまり足引っ張られると困るんだけど。」

そう言われた瞬間ひなたは我慢していた感情が爆発したように泣き出した。

 

あまりの言い方にあやせが擁護する。

「ちょっとその言い方はないんじゃない。この子だってがんばって踊ってるんだから。」

 

「がんばってるとかそういうので評価してもらえるほどアイドルの世界って甘くないんだよね。あんたはアイドル経験ないから分かってないかもしれないけど。」

あやせに向かって言った直後、見かねた他のメンバーが止めに入る。

 

「あやりんやめなって。」

 

あやりんという言葉を聞いてひなたは何かを思い出したようだった。

「え! あやりん?」

 

「ひなち知ってるの?」あやせが聞く。

 

「そりゃ知ってるよ。泣き虫センセーションの初期メンバーでファンの間では伝説になっている槙田あやちゃん。あのあやりんだよ。」

驚きと感動が入り混じったような表情でひなたは言った。

 

「へぇ~そうなんだ・・・」

あやせはあやりんを見つめながら言った。

どうやらアイドル経験がある子らしいが、

だからといってダンス経験のない子に対して

あんな言い方をするのは間違っていると思った。

 

険悪な空気を切り裂くようにあやせが話し始める。

「このままケンカしててもしょうがないから続きやろうよ。残り時間も少ないことだし。」

 

 

誰も返事をしないままダンスは再開された。

 

ひなたは休憩時間にできていたことができなくなっていた。

さっきまでの明るい表情は消え周りの目ばかりを気にしている。

完全に委縮してしまってダンスどころではないようだ。

ひなたがダンスを間違えるたびにあやりんは踊るのをやめてひなたを見た。

 

ひなたはもうあやりんの目を見ることができないでいる。

 

あやりんは再びひなたに近づき言った。

「何回同じところ間違えるの。マジメにやってって言ったよね。」

 

「ご、ごめん。」

ひなたの目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。

 

泣いているひなたの姿にあやせは耐えられず、

ひなたとあやりんの間に入って言った。

「ちょっと待ってよ。だいたいあんたアイドル経験があるからってなんでも言っていいわけじゃないからね。」

 

「私はただ同じところ間違えてばっかりだからマジメにやってって言っただけじゃん。」

あやりんが言い返す。

 

「だからってそういう言い方すると余計にプレッシャーに感じるってことも分からないわけ。」

 

あやせが反撃したところでマネージャーの高田が止めに入った。

「待て待て待て! なにやってんだ。そんなことやってる暇があったら練習しろ。」

 

そう言われた5人はまた立ち位置に戻ったが

グループとしての空気は最悪のものだった。

 

 

 

その後、ダンス審査は無事に終わったものの

5人が言葉を交わすことはなかった。

 

1時間後、ダンススタジオに参加者全員が集められた。

 

 

マネージャーの高田が話し始める。

「本日はお集まりいただきありがとうございました。最終審査も終わり、さきほど会議をしたところ合格者が決定しました。合格者は7名です。名前を呼ばれた方は返事をして前に出てきてください。」

 

会場は一気に緊張感が支配する。

 

「それでは合格者を発表します。一人目・・・新田れな。」

 

「二人目・・・榎本あやせ。」

 

「はい!」あやせは小さくガッツポーズをしながら前に出る。

 

「三人目・・・槙田あや。」

 

あやせとあやりんの2人は隣同士になったがけして目を合わせることはなかった。

 

「四人目・・・田山せかい。」

 

「五人目・・・海老原みき。」

 

「六人目・・・高村しずく。」

 

 

いよいよ合格者は最後の1人となった。

 

「それでは最後の一名です。七人目・・・吉岡ひなた。」

 

「え!・・・」ひなたは驚いた表情で高田を見つめた。

 

「吉岡さん、合格です。どうぞ前へ。」高田が促す。

 

「ひなち、合格だって。おめでとう。」あやせが祝福する。

 

「ほ、ほんとうにワイが合格!・・・やったー!」

喜びを爆発させたひなたはあやせに抱きついた。

 

あやせは不合格だった子たちの前で

あんまり大喜びするのもどうかと思って控えめにしていたが

ひなたにはそんなことは頭にないようだった。

 

 

道玄坂テレビジョン初のアイドルグループのオーディションは

7名の合格者の発表と共に終了した。

 

 

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この物語は実在するアイドルグループQ-pitchを題材にしていますが、

物語はフィクションでありグループ及びメンバーとは一切関係ありません。

 

Q-pitch