この物語は
【小説】奇跡の旗
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【小説】夢標~yumeshirube~1話

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の続編です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

新生エルフロートは3人体制になることが公式ホームページを通じて発表された。

お披露目は1か月後。

秋葉原のアキチカで行われることになった。


新メンバーとして加入することになったマアヤとモモは1か月後に10曲を披露することが西山から伝えられた。

アイドル経験もなければ
ダンス経験すらない彼女たちにとっては
過酷な試練となった。


ミズキを中心として連日レッスンは続けられた。


朝の9時から夜の10時まで1日も休みはない。


それでもマアヤとモモは必死に着いていった。



オーディションのときは大丈夫かなと思われた二人だったが、連日のレッスンにも脱落することはなかった。


お披露目の3日前。

レッスンを続ける3人のところに西山が声をかける。
「ちょっといいかな。」

西山のもとに3人が集まると西山が話し出す。
「とうとう3日後になったな。マアヤはどんな気持ちでいる?」

「まだまだ大丈夫って言えるほど自信はないですけど今は楽しみな気持ちの方が強いです。」
マアヤはそう答えた。
その答えを聞いて西山は気持ちの強い子だなと思った。


「モモは緊張してるの?」西山がモモに聞く。

「え!・・・う~ん・・・なんも考えてなかったです。」

「考えとけよ。」西山はそう言って笑った。


そんななごやかな空気も次の西山の発言で一変することになった。

「3日後のお披露目公演で新曲を披露することにしたから。これが楽譜でこれがデモね。」
西山は用意してあったものを3人に渡していく。

既存曲ですら精一杯なのに新曲なんて・・・3人の思いは一致していた。


そんな3人の思いを知ってか知らずか西山は淡々と続ける。

「それから今回の曲の落ちサビはマアヤで行こうと思う。」


「え!」3人とも驚きの表情を見せた。


10秒ほどの沈黙の後ミズキが西山に言った。
「ちょっと・・・え!どういうことなんですか?」
ミズキの表情は驚きから怒りの表情へと変わっていた。
眉間にシワが寄り眉毛がつり上がっている。


「どういうことって?」西山はミズキに聞き返す。


「だってまだこの子たちはデビューすらしていないんですよ。それなのに・・・」

「それなのに?」

「こんなの納得できません。どうして私が落ちサビじゃないんですか?」
ミズキの目にはみるみるうちに涙が溜まっていった。

今にも泣き出しそうなミズキの目を見つめながら西山は答える。
「歌割りを決めるのはミズキじゃないだろ。」



ミズキは心の中で思っていた。

歌割りを決めるのはたしかに私じゃない。
これまでだって落ちサビが他の子だったことはあった。
でも今回だけは納得できなかった。

未経験の二人に付きっきりで指導してきたのは私で、パフォーマンス的にも私が一番だって自信を持って言える。


ようやく新体制になってのお披露目で新曲ともなれば私以外に落ちサビは考えられないと思っていた。


それなのに、それなのに・・・


ミズキは涙をこらえることができず、泣きながら走って出ていってしまった。




マアヤも不安で泣き出していた。
「なんで、なんで私なんですか。」

泣いているマアヤをモモは心配そうに見つめる。


西山は泣いているマアヤに語りかける。
「1ヶ月がんばってきたじゃないか。毎日のレッスンにもよく耐えてきたと思う。マアヤが責任を感じることじゃないよ。できると思ったから任せたんだから思いきってやったらいいよ。」

そう伝え彼女たちの前を後にした。



西山には考えがあった。


3日後の新生エルフロートお披露目では、「変化」を印象付けたかった。

新メンバーが加入してただお披露目しただけでなく、生まれ変わった姿を見せるためにはミズキがセンターでミズキが落ちサビでといった既定路線の曲ではインパクトが弱いと思っていた。


新曲発表が直前になってしまった理由は、西山自身にも迷いがあったからだ。


いくら変化を印象付けたいとはいえ、あまりにも実力に違いがありすぎるのでは任せることはできない。


しかし、マアヤもモモも厳しいレッスンによく着いてきてくれた。


1ヶ月前にはダンス経験すらなかった二人とは思えない成長を見せてくれた。

これなら任せても大丈夫。
そう思えたからマアヤに任せてみようと思った。

デビュー前なのに直前の新曲は戸惑うのも無理がない。

でもきっと今の彼女たちのレベルならやってくれるだろうという自信があった。



ただ問題はあった。


ミズキと新メンバー二人の関係性だ。




~お披露目1週間前~



この日も朝からレッスンが続いていた。

連日のレッスンに疲労の色が見えていたが、お披露目は1週間後と決まっているから休むわけにはいかなかった。


必死にレッスンに着いていくマアヤとモモだったが、ミズキとのダンススキルの違いは歴然としたものがあるのは明らかだった。


ミズキの声がレッスンスタジオに響き渡る。
「モモちゃんまた同じところ間違えた。何回言ったら分かるの!」

「はい、すいません。」モモは小さな声でそう言った。


「マアヤちゃんもそうだよ。さっきも左からのところ右に行こうとしたよね。ちゃんと覚えてって言ったじゃん。何回も同じこと言わせないでよ。」


「はい・・・」マアヤも返事をするのが精一杯だった。



西山の目にはマアヤもモモもがんばっているのは分かっていた。短期間に覚えるのは難しいし、それが未経験ともなればなおさらだ。

疲れもある。

肉体的にも精神的にも限界なんだろう。

凡ミスが目立ち始めている。

 

そんな二人にミズキがイライラしているのも分かっていた。

 

当然ミズキだって疲れている。

新メンバーの二人のために毎日のレッスンに付き合ってくれた。

そのことには感謝していた。

 

 

しかし、今のままでは3人の心がバラバラすぎる。

 

もしマアヤとモモのどちらかが着いていけなくなったら

1週間後のお披露目は成り立たない。

 

 

本来はこんなにメンバーにきつくあたるタイプじゃないんだが。

 

 

ミズキにもプレッシャーはあるんだろう。

 

以前のエルフロートを知っているファンの人が見たら

当然今のエルフロートと比較されることになる。

 

お披露目のステージでファンをがっかりさせるわけにはいかない。

 

そんな思いがあるのは分かっていた。

 

 

西山にはミズキの気持ちもよく分かった。

だからこそミズキを責める気にもなれなかった。

ミズキだって必死だからだ。

 

 

それでもプロデューサーとして譲れないもの。

それが新曲の落ちサビをマアヤにすることだった。

 

 

 

 

 

 

事務所を飛び出したミズキは事務所の近くにある小さな公園にいた。

 

 

今までずっとこらえていたものが爆発して涙が止まらなくなった。

 

つらいのは新メンバーだけじゃない。

私だってつらい。

 

3日後にお披露目だっていうのにいきなり新曲とか言って

しかも落ちサビが私じゃないなんて西山さんはいったい何を考えているんだろう。

 

 

私のことが嫌いなの。

 

それともマアヤちゃんのことが好きなの。

 

 

 

ミズキは自分が落ちサビじゃなかったことの理由が分からず、そんなことを考えていた。

 

 

ミズキにも焦りはあった。

 

アイドルの世界では、どんどん新しいアイドルが生まれていくが

アイドルを応援するファン、いわゆるヲタクの数はそれほど変わらない。

 

つまり、決まった数のヲタクをアイドル同士で奪い合う。

 

アイドル業界はそんな構図で成り立っている。

 

 

 

だからこうしてステージから離れている間も

ヲタクはどんどん他のアイドルに奪われていく。

 

 

お披露目のステージに以前からのヲタクの人たちが

どれだけ来てくれるのかも分からないという不安があった。

 

 

焦る気持ちが拭いきれなかった。

 

新生エルフロートの姿を見て

また応援したいなと思ってもらえるようなパフォーマンスをすることが

今まで自分を応援してくれた人たちへの恩返しだと思っていた。

 

 

 

それなのに・・・

 

それなのに・・・

 

 

これじゃ恩返しができないよ。

 

 

 

30分後、ミズキは泣き止んだものの事務所に戻る気分にはなれなかった。

 

いまだに気持ちの整理がつかずベンチに座ってボーっとしていた。

 

 

 

「ミズキ。」

 

声のする方を振り向くと西山が缶コーヒーを投げてきた。

 

「西山さん。」

投げられた缶コーヒーをキャッチする。

 

西山はミズキの隣に座って語り掛ける。

「少しは落ち着いたか。」

 

 

「私には分かりません。西山さんは私のことが嫌いか、マアヤちゃんのことが好きなのかなっていうのはちょっと思いましたけど。」

ふてくされたような表情でミズキはいった。

 

「あはは。そんなわけないだろ。お前そんなこと考えてたのか。」大笑いしながら西山は言った。

 

「じゃあなんで・・・なんでなんですか。」ミズキは西山のほうを見つめてそう言った。

 

 

「なぁミズキ。ミズキの夢ってなんだっけ?」

 

「Zepp TokyoでワンマンLIVEをやることです。」ミズキは即答した。

 

「そうだよな。前の3人でやってたときにZeppの対バンに出たときだったかな。私たちもこんな大きなステージでワンマンLIVEをやりたいですって言ってたな。その夢は今も変わらないんだな。」

 

「変わりません。」ミズキは西山の目を見つめていった。

 

「そっか、なら夢に向かって突き進むしかないだろ。なにをそんなに焦ってるんだ。新体制だってまだ始まってすらいないんだぞ。」

 

「そうですけど・・・」ミズキはうつむきながら言った。

 

そして顔を上げて言う。

「ファンの人が来てくれるのかなって。もう私のことなんて忘れて推し変しちゃったんじゃないかなって。」

ミズキの目にはまた涙が溢れた。

 

「推し変したい人はすればいい。」西山は断言した。

 

「でも・・・」

 

「推し変したいならすればいい。うちらがやるべきことは他人を変えることじゃない。他人を変えることはできなくても自分自身は変えられる。こっちを見てくれないなら見てくれるまでやればいい。心が満たされるまでやればいいんだよ。」西山の言葉に力が入る。

 

「・・・」ミズキは黙ったままだ。

 

「ミズキの気持ちは分かるよ。ただこれだけは言っておくけど別にミズキが劣ってるからとかそういうことじゃない。」

 

「じゃあなんで!」ミズキは西山のほうを向いて言った。

 

「この1曲でエルフロートが終わりっていうならそりゃ誰だってミズキにするよ。でも俺にはもう今の3人が夢の舞台に立つイメージができてるんだよ。3日後のお披露目は、たんなる顔見せなんかじゃなくてZeppに繋がる大事な一歩だ。そう考えたら無難にミズキに任せるより新メンバーに任せてみたいと思った。マアヤがこの曲を物にすることができれば新生エルフロートは一気に加速していく。」西山は自らのプランを熱く語った。

 

 

「加速していく・・・」

 

「そうだよ。だからもっとミズキにはエルフロート全体を見られるようになってほしい。俺にとってミズキができるのは当たり前。もっと3人の気持ちを一つにしていかないと。」

 

ミズキは今まで自分のことばかりに必死になりすぎて

視野が狭くなっていたことに気づいた。

 

私がもっと引っ張っていかないと!

そう思ってがんばってきたけど、

その分2人にはきつく当たっちゃって悪いことしたかなと反省の念がこみあげてきた。

 

 

「もうZeppへの道は始まってるんだよ。今回の新曲が新生エルフロートの夢標になればいいと思って書いたんだ。」

 

「ゆめしるべ・・・」ミズキは不思議そうな顔でそう言った。

 

「あ! 新曲渡したのにろくに見ないで出て行っちゃうから見てないだろ。新曲のタイトルは『夢標』にしたんだよ。」

 

「ゆめしるべですか。」

 

「そう、道に迷わないようにするのが道しるべ。夢に迷わないようにするのが夢しるべ。Zeppにつながる曲にしたくて作った曲だよ。」

 

「ミズキさん。」声の主はマアヤだった。隣にはモモもいる。

 

 

「ミズキさん・・・なんていうか、私たちまだまだダンスも歌もうまくないし足を引っ張ってばっかりかもしれないですけど、絶対にミズキさんに認めてもらえるような存在になるから。だから・・・私に落ちサビやらせてください。」マアヤがミズキに対して初めて本気でぶつかった瞬間だった。

 

「あ! あの・・・」モモが何か言いたそうにしている。

 

「なに?」ミズキが問いかける。

 

「私バカだし覚えるの遅いしミズキさんをイライラさせちゃうこともきっと多いと思うけど・・・この3人のエルフロートでがんばっていきたいなって思ってます。」モモなりの精一杯の気持ちの伝え方だった。

 

 

ミズキは二人の言葉を聞いて、また涙が止まらなくなって

何も言わずにマアヤとモモを抱きしめた。

 

 

「ごめんね・・・ごめんね・・・こんな自分勝手な先輩で・・・本当にごめんね。」

ミズキは泣きながらずっと謝っていた。

 

 

私はこんな大切な仲間がいてくれるのに

自分のことばかり考えていて

ちっとも二人の気持ちに気づいていなかったことに気づいた。

 

 

恥ずかしいような、情けないような、

そんな気持ちでいっぱいでただひたすら謝りたかった。

 

 

「よし、もう帰ろうか。新曲覚えないとやばいんじゃないのか。」西山が抱き合う3人に語りかける。

 

 

「あ!」3人とも我に返った。

 

 

「だいたいなんでこんな直前に新曲なんですか。もっと早く言ってくださいよ。」ミズキが西山に正論を投げかける。

 

マアヤとモモもうなづいている。

 

「おいおい! 今さらかよ。いいから早く帰れって。お披露目は待ってくれないぞ。」西山は軽く受け流して答える。

 

 

「は~い。」

3人はそう返事をするとゆっくりと事務所の向かって歩き始めた。