以前、「品揃えのマーケティング」という項で、メーカーにおける物作りの視点からの商品の品揃えについて考えた。メーカーの場合、品揃えの強化は、開発アイテム数が増えるのでその分開発投資が増加する。品揃えを強化して新商品を販売してもヒットに繋がらなかった場合には、開発投資が未回収になり、売れずに残った在庫の処分にも苦しむことになる。品揃えを増やすことはメーカーにとってリスクが大きいのである。市場が右肩上がりの時には、積極的に品揃えを強化することが事業拡大に繋がったが、最近のように市場が停滞して伸長が期待できないような状況の中ではメーカーもリスクを避ける傾向にあり、積極的に商品の品揃えを増やすということが難しくなっている。

 

 

前項ではメーカーサイドからの物作りの視点で品揃えの難しさについて述べた。今回は流通サイドの視点で「品揃えのマーケティング」を捉えてみたい。流通サイドから品揃えを考えた場合、製品開発のリスクがなく、売れたら発注すれば良く、在庫リスクも少ないことから、品揃えを強化すること自体はあまり制約がない。店舗での品揃えをどこまで行うかという判断は、それが売上拡大にどの程度貢献するのか、また販売効率の向上が図れるのかという点にかかっている。

店舗運営政策の基本は、売上を上げて最大限利益を出すことと、その為に必要な諸経費を最小限に抑えることの2点である。そのためには、店舗の単位面積当たりの売上拡大と諸経費である家賃、人件費、光熱費、在庫保管費等の抑制である。売上拡大施策とそれにかかる費用を考えて、いかに効果のある販売政策を実現するかである。この時によく考えなければならないのが、展示スペースと品揃えのバランスである。狭い店舗では、商品の品揃えが少なく、顧客が買い物を楽しめない。その結果来客が少なくなって売上が落ちる可能性がある。一方、広い店舗で展示スペースを確保した場合には、品揃えを増やすことで、店舗の魅力が増して来客が増える可能性はある。しかし、利益を上げるには、品揃えの強化と展示スペース拡大に伴う諸経費の増加をカバーするだけの売上を確保する必要がある。品揃えを増やした割に売上が伸びないと、店舗単位面積当たりの販売効率が落ちてしまい、損益が悪化して店舗運営が成り立たなくなってしまう。品揃えと売上のバランスをどのように取るかは、マーケティング戦略における重要なテーマである。

 

 

品揃えを抑え店舗面積当たりの売上効率を重視して成功した流通業態の代表としてコンビニが挙げられる。もともと大店法の制約を受けない小規模小売店舗としてスタートした経緯もあり、40~60坪程度の店舗スペースに2500~3000点の品揃えとし取扱う商品のアイテムを絞り込んでいる。原則24時間営業とすることで、限られた店舗スペースを最大限有効に使って、店舗面積単位当たりの売上を拡大し、小売業の主力にまで成長してきた。品揃えを敢えて売れ筋に絞り、徹底した効率化を推進したことが成功の原因となっている。一方で品揃えを絞り込んだことで、商品棚が画一的で単調になり、来店した顧客が商品を手に取りながら買い物を楽しむと言ったことができなくなっている。また、コンビニは粗利アップのために、弁当・おにぎり・パン・総菜・菓子等の販売主力商品を、ナショナルブランドからプライベートブランドに移行させた。ナショナルブランド商品の品揃えが絞り込まれ、プライベートブランド中心の単調な展示になり、来店時の顧客の驚きや感動が失われている。最近は、イトーヨーカドーの閉店続出に代表されるGMSの衰退が目立っているが、その需要をコンビニが受け皿として取り込むことができず、コンビニ自身もここ数年全国約57000店舗と店舗数は横這い傾向にある。

店舗スペースの問題から品揃えに制約を持つコンビニの弱点をついて、最近首都圏の都市部を中心に出店を加速しているのが、イオングループ傘下の都市型小型スーパー「まいばすけっと」である。出店店舗は、代表的なものでは店舗面積80坪、取扱商品3500点を基準としている。コンビニに対抗して長時間営業を行い、コンビニの標準店舗より店舗面積は約4割広く、そこにコンビニの弱点である生鮮食料品を中心に品揃えを強化し、価格もスーパー並みの単価に抑えている。コンビニの品揃えを絞り込んだ効率的な販売という手法を逆手にとって、「まいばすけっと」は品揃えの強化と低価格を武器に「コンビニキラー」としてシェアを拡大させている。イオングループも傘下にコンビニ「ミニストップ」を持つが、コンビニ大手3社から大きく引き離された業界4位、店舗数も2000店未満のコンビニチェーンであることから、「まいばすけっと」が出店してもその影響は他のコンビニに加えて軽微であることも、「まいばすけっと」の店舗展開には有利に働いている。

 

 

販売店における品揃えについて、コンビニのように店舗スペースが足りなくて品揃えに制約があるケースもあるが、その一方で店舗スペースは十分広いのだが、そこに展示するだけの商品アイテムが不足しているというケースもある。こういう時はどのような品揃え戦略を取ったらよいのだろうか。典型的な事例として、家電大手量販店のヤマダ電機の品揃え戦略がある。最近は、国内家電メーカーが業績不振から選択と集中を進めており、事業からの撤退や機種を絞り込んでいるケースが増えている。ヤマダ電機は全国に多数の大型店舗を展開し、それが家電業界売上ナンバー1の原動力になってきたが、家電品の単価下落が進み、国内家電メーカーも力を失ってくると、従来のような利益がとれなくなってきた。展示スペースも、国内家電メーカーの撤退や機種の絞り込みにより、全フロアを家電品で埋めるような状況ではなくなってきた。品揃えをするスペースはあるが、それを埋めるだけの機種がないのである。しかし、そこはヤマダ電機である。発想を切り替えて、家電品とは比較的親和性の高い家具を自社の事業ドメインに加え、店頭展示の品揃えに家具を加えることで、同じ店舗で家電と家具を一緒に販売することにした。高級家具販売で有名な大塚家具を丸ごと吸収合併し、大塚家具の社員は全てヤマダ電機の社員となり、専門性の高い家具販売の接客ノウハウも吸収した。大型店の展示フロアに家電と併せて家具を並べて販売することで、店舗スペースを無駄なく有効に使うことで、売上・利益の向上の新しい施策としたのである。

家具は家電品のように回転率を重視した効率的な販売を行うことはできない。家具の販売には時間がかかるが、家電品に比べて粗利率が高く、丁寧な接客を行うことで確実に売上に結び付けることができるのである。全国に大型店舗を保有し、大きな販売力を保有することがヤマダ電機の特長である。家電だけでは販売網の維持に限界があることから、事業ドメインを家具にまで広げ、それを品揃えに加えるという手法は、これまで家電量販店ではあまり見られなかった大胆なマーケティング戦略である。ヤマダ電機は一部の店舗では、EV車販売も始めており、家電販売にこだわることなく、時流に合わせて積極的に事業ドメインを広げる動きは今後も続く可能性が高い。

 

 

いつの間にか、品揃えの話がコンビニから家電量販店に移ったが、ここでは具体的な事例を踏まえて、家電量販店の品揃え戦略について見て行きたい。次の質問は、家電量販店が消耗品や部品の品揃えについて、どのような考えを持って対応しているかについての問題である。実際に、店頭で接客を受けていて、店舗による違いを実感している人も多いと思うので、その時の状況を思い出して考えて頂きたい。

 

Q1:Aさんは、20年以上前に購入した古いワープロを持っている。普段はパソコンを使っているので、ワープロを使用することはほとんどないが、年1回、年賀状の宛名を書く時だけ、ワープロの住所録ソフトを使用して、数百枚の年賀状の宛名を印刷している。Aさんがいつものようにワープロを使って、年賀状の宛名を印刷していたところ、途中でインクリボンが切れてしまった。そこで、Aさんは駅の側にある家電量販店に使用している古いワープロ専用インクリボンを買いに行った。駅前にはヤマダ電機とヨドバシカメラの2店があるが、果たしてAさんは20年以上前から使用しているワープロ機種専用のインクリボンを買うことができただろうか。

次の中から正しいと思うものを選んでほしい。

 

①ヤマダ電機もヨドバシカメラもAさんが使用しているワープロ機種用のインクリボンが店頭にあり、Aさんはその場で購入することができた。

 

②ヤマダ電機にはAさんが使用しているワープロ機種用のインクリボンインクリボンはなかったが、ヨドバシカメラには該当するインクリボンが店頭にあり、Aさんはその場で購入することができた。

 

③ヨドバシカメラにはAさんが使用しているワープロ機種用のインクリボンはなかったが、ヤマダ電機には該当するインクリボンが店頭にあり、Aさんはその場で購入することができた。

 

④ヤマダ電機もヨドバシカメラもAさんが使用しているワープロ機種用のインクリボンが店頭に置いておらず、Aさんはその場で購入することができなかった。

 

 

 

 

A1:答えは②である

ヤマダ電機とヨドバシカメラは、いずれも大型店舗を展開しており、どちらも品揃えは豊富である。しかし、消耗品や付属品になると、その販売方針から、店舗での取り扱いに差が出るようである。Aさんは、二つの店舗を順番にまわり、Aさんが使用しているワープロ用のインクリボンの有無を訊ねたところ、ヤマダ電機からは該当するワープロ用のインクリボンはないと言われたが、ヨドバシカメラには店頭に該当するインクリボンが置かれており、店員がそのリボンで間違いないと説明してくれたので、Aさんはその場で年賀状の宛名作成に必要なワープロ用のインクリボンを購入することができた。

ヤマダ電機は、販売効率を重視しており、無駄な在庫は持たない方針である。既に販売してから20年以上経っているAさん使用の古いワープロ機種の専用インクリボンを店舗に在庫するというような考えはないのである。一方、ヨドバシカメラは、カメラ量販店の販売がルーツになっていることから、機器販売だけでなく、部品や付属品についてもきちんと対応し、固定顧客をしっかり掴むという考え方が定着し、些細な顧客ニーズにもその場できちんと対応する体制ができている。また、他の家電量販店の販売員は、定期的にローテーションが行われることが多いが、ヨドバシカメラは同じ職場で販売員が長期にわたって勤務するケースが多く、異動が少ない職場でその売り場に特化したスキルが磨かれ、それが接客対応の良さにも表れている。

 

 

【ヨドバシカメラの品揃えと家電通販の戦略】

家電品の通販というと、ジャパネットたかたを思い浮かべる人が多いと思われるが、実は家電量販店で最も家電通販売上が大きいのは、ヨドバシカメラである。2022年度の家電通販売上は、ヨドバシカメラ2100億円、ヤマダ電機1500億円、ビックカメラ1430億円、ジャパネットたかた850億円の順であり、全体ではヤマダ電機の半分の売上しかないヨドバシカメラが通販売上だけを捉えると業界トップなのである。ヨドバシカメラが通販に強いのは、全国で販売店は24店舗しか持たず、その代替策として、店舗で実物を確認し、注文は通販を利用するという仕組みを構築したからである。首都圏地区の場合は、通販で注文した商品が電池1本でも当日、もしくは翌日に届き、しかも配送料は無料という独自の仕組みで運営されている。ヨドバシカメラに出向いて、仮にその店舗に在庫が無かったとしても、販売員に話せば、店側でネット検索してくれる。他に在庫があれば、ネット注文で直ぐに自宅に届けてくれるのである。店頭で品揃えが無い場合も、その場で在庫を確認し迅速に無料配送を行うことで、店頭の品揃えが出来ているのと同レベルのサービスを顧客に提供している。家電品の部品や付属品は種類も多く、在庫管理が難しいが、接客時に販売員が検索して在庫を調べ、あればその場で注文し迅速に無料配送してくれるので顧客にとっては大変便利である。そして、このような顧客対応がヨドバシカメラの固定客を増やすことに繋がっている。次に家電品を購入する際はヨドバシカメラで買って貰えるよう、長い目で見た顧客戦略を展開している。