セブンホールディングスの主要企業の一つであり、日本を代表するGMS(総合スーパー)であるイトーヨーカドーの経営が厳しい状況に追い込まれている。ここ数年、経営不振が顕著になっていたが、最近のマスコミ報道によると、東北・北海道の17店舗を閉店すると発表した。また、ほぼ同時期にイトーヨーカドーが正社員の1割にあたる700人が早期退職に応募している。これ以上経営不振は許されないことから、構造改革が進められている。

セブンホールディングス全体の経営は黒字を確保しており、特にコンビニトップのセブンイレブンはコロナの影響はあったものの、グローバル展開が成功して、経営は盤石である。ところが、かつての本業であるGMSが、ここ数年赤字続きで、毎年の株主総会でこの点を機関投資家が経営陣に厳しい指摘をしていた。

しかし、GMSの不振はイトーヨーカドーだけではない。業界全体も専門店の台頭に苦しんでいる。衣類はユニクロ、しまむら、紳士服は青山、アオキ、靴はABCマート、家電品はヤマダ電機をはじめとする家電量販店、食料品は地域の食品スーパーといった形で、カテゴリー毎に競合する専門店がシェアを伸ばしており、一つの店で買い物をすれば何でも揃うというGMSの形態が顧客ニーズに合わなくなってしまったのである。

 

 

日本の流通の歴史を考えると、これまでに小売業界においてGMSが果たした役割は大きい。戦後まもなくは大型店舗と言えば百貨店であり、それ以外は中小の小売店舗がほとんどであった。百貨店に行けば、何でも商品が揃っているが、あくまで高所得者に高額の商品を売るというイメージが強く、一般庶民は相変わらず近隣の中小店舗で買い物をしていた。ところが、1960年代から、庶民向けに食料・衣料・日用品等を販売するスーパーが登場した。百貨店と違って身近な存在であり、値段も大量仕入れ大量販売をすることで品揃えを豊富で安価なことから、消費者から強く支持をされた。1970年代に入ると大型化したGMSを中心として、チェーン化して全国に店舗を広げていった。代表的なものでは、関東はイトーヨーカドー、西友、長崎屋、関西はダイエー、ジャスコ(現在のイオン)、ニチイ、中部はユニー、九州は寿屋等があげられる。尚、ジャスコ(イオン)は以前大阪に本社があったが、1984年に東京に拠点を移し、現在は千葉(幕張)に本社を置いている。

戦後の流通の歴史は法規制の歴史である。当時は、大型店の進出に対して如何にして中小の小売店を守っていくかが、流通行政の方針となっていた。百貨店が増えると百貨店法を制定、スーパーが伸長してくると、1974年に大店法を施行された。その後も何度か大店法が改正されている。その後、日米構造協議による外圧で規制緩和の一環として、2000年に「大店法」が廃止されたことで大きく流れが変わった。それに代わるものとして同時に「大店立地法(立地法)」が施行されている。

本来、販売活動は自由であるべきであるが、大店法は、店舗面積、営業時間、営業日等に一定レベルで規制をかけることで、既存の中小小売業者を守ろうという法律である。しかし、それでも、スーパーは色々なアイデアで法律の網を潜り抜け、全国展開を行って成長してきた。今でもスーパーという小売形態は国内流通の主流であり、売上面ではコンビニ、百貨店、ドラッグストアを上回っており、その中核を占めるのがGMSである。

それでは、今回は大型店の出店問題について考えてみたい。次の質問は、GMSと大店法の関係についての問題である。

 

 

 

Q1:1974年に大店法が施行されると、これまでは自由であったGMSを出店するにも自治体の許可が必要になった。新規に大型店を出店する場合には、自治体に事前に届け出を出して、自治体から認可を受けることが必要となった。大店法は、出店にあたり「大規模小売店舗審議会」が審査を行い、出店調整をするという仕組みを定めている。「学識経験者」「消費者」「商店街」「大規模店」からそれぞれを代表として審議会委員が選出され、新規出店に関する話し合いが行われた。地元の商店街や商組が強いと話し合いは難航し、話が拗れて纏まらない場合には、大規模店側が出店を諦めるケースもあった。審査における重要なポイントは、大型店がその地域に出店した場合の影響度である。審査を行うにあたって、大型店が出店した影響度を公正に客観的な視点に立って行う必要があるが、どのような手法を使って審査が行われたのだろうか。次の中から、正しいものを選んで欲しい。

 

 

①GMSが出店すると、店舗の近くに住む消費者は買い物に便利になる可能性が強い。そこで、近隣住民に対して、二段抽出法に基づく大規模店舗の出店の可否に関するアンケート調査を行い、その結果を集計・分析して出店を許可する上での基本データとして使用した。

 

②GMSが出店すると、店舗の近くに住む住民にとっては、買物客が集まることで、騒音や混雑等生活環境が悪化する可能性が強い。そこで、店舗候補地に隣接する住民に対して出店の可否に関するアンケート調査を行い、その結果を集計・分析して出店を認可する上での基本データとして使用した。

 

③GMSが出店すると、商圏に変化が起こり、GMSに消費者が集中し、近隣の中小店舗の売り上げが落ちてしまう可能性がある。そこで、実際に現在の商圏と大型店が出店することによって想定される購買行動について、購買行動モデルに基づくシュミーションを行うことで出店を認可する上での基本データとして使用した。

 


 

Q1:正解は③である。

店舗集客を考える上で、商圏分析を行う手法として「ハフモデル」があり、当時の通産省が大店法を制定する際に用いている。マーケティングに詳しい方なら、ご存じの方も多いと思われるが、米国のカリフォルニア大学の経済学者デービット・ハフ教授が考案した商圏分析モデルであり、消費者の購買行動のシュミーションを行う手法として広く活用されている。ニュートン力学では、質量の多い物体は地球から遠方でも引力によって引き寄せられるが、質量の小さい物体は近くのものだけが地球に引き寄せられる。それと同じように、GMS等の大規模小売店舗が出店した場合、家電品や家具のような価格の高いものは遠くからでも消費者が買いに来るが、歯ブラシや石鹸等の日用品は価格が安いので近くの消費者だけが買いに来る。この考え方をベースにして、大型店が出店した時に商圏にどのような影響があるかを分析するのである。

しかし、実際の出店調整にあたっては、そのような客観的定量的な議論だけではなく、政治的な駆け引きがあったようである。大店法の規制の中でも、店舗面積が最も重要な課題であり、大型店舗のスペースを一部削り、そこに近隣商店を入って共存共栄を図るとか、大型店に販促協賛支援を求めるとかといった現実的な話し合いを踏まえて、出店が行われたケースが多かったようである。

 

 

 

 

【販売の自由と法規制について】

日本の流通の歴史を見ると、法規制の歴史であることが良くわかる。就活を行う新卒予定の学生が、ある企業の採用面談で人事担当者から「大型店が出店すると、消費者は豊富な品数から商品を選べ、値段も安いものが買えて便利になり、誰もが喜ぶ。それなのに何故出店を規制する法律が次々とできたのだろう」と訊ねられることがあった。皆さんも自分で販売店を経営していなければ、「確かにその通りだ。法規制などせずに大型店が自由に出店したらいいのに」と思う人が大半だと思う。

企業の採用担当者は、新卒者を採用するにあたっての本人の見識を知りたいだけで正解を求めているわけではないが、この場合、新卒予定の学生はどのように答えるべきだろうか。ある学生は、その場で「票にならないから」と答えたら、すぐに採用されたという。つまり、中小の小売店にとって、大型店の進出は自分の経営を脅かすことになるので、それを阻止する政治家がいれば、その政治家に投票する。一方、一般消費者は大型店の出店の有無は生活に直結するような危機ではなく、大型店が出店することがより好ましいという感覚なのである。いわゆるサイレントマジョリティだから、大型店の出店を促すことだけでは、直接的な投票行動には繋がらない。学生が企業の採用担当者に「票にならない」と答えたが、採用担当者はこの一言で「この学生は社会の仕組みが分かっている」と判断したのであろう。

日本の政治においては、権益を主張する業界の意見が強い力を発揮し、それが法制化されて自由が奪われ、権益に繋がっていくことがあるのである。このような事例は、流通業界に限らず、日本においては金融・教育・医療・土木・建築等の分野でどこにでもある。大店法が廃止されたのも、これが日米構造協議を象徴するテーマとして取り上げられ、大統領が首相に対して、直接強い働きかけがあったと言われている。外圧がないとなかなか自らを変えることが出来ない日本社会の受動的な体質・風土がここでも伺える。