ここのところ、毎日のように大手企業の品質不正問題がマスコミを賑わしている。品質不正が起きた事業分野も自動車・電機・建設・製薬・素材等多岐にわたっており、こんなことではこれまで長い間かけて築いてきた日本製品への信頼が失われてしまう。特に驚いたのは、最近になって、日本を代表するメーカーであるトヨタグループで、次々と品質不正が発覚したことだ。グループ傘下の日野自動車、ダイハツ、豊田自動織機といったキラ星のような優良企業で品質認証不正が発覚した。国土交通省に認証を取り消されて、製品生産にも大きな影響が出ている。

豊田自動織機のディーゼルエンジン不正問題は、2015年にドイツのフォルクスワーゲンがディーゼルエンジンの排ガス偽装事件を起こしている。ダイハツの検査不正問題についても、2018年にスズキが検査不正で200万台のリコールを行っている。競合他社で大きな問題が起きた時に、自社でも同様の不正が行われていないかをきちんとチェックしていれば、ここまで大きな問題にはならなかったはずだ。組織としての隠蔽体質や見て見ぬふりをするような企業風土を変えて行かないと同じような問題が繰り返される。真因究明と詳細分析を行い、その結果を踏まえて再発防止を徹底することが大切である。日本製品の信用回復とブランドの復活を期待したい。

 

一般的にメーカーの事業は、製品のライフステージ全体を踏まえて判断すべきものであり、単に新製品を開発して販売する際の利益だけで事業判断はできない。製品を販売して市場に出した後のアフターサービスや最終的に製品が使えなくなり廃棄処分を行うまでのトータルコストを踏まえて考える必要がある。従って、ライフステージ全体を考えると製品品質は非常に大切な問題である。販売時には一時的に利益が出たとしても、販売した後に品質トラブルが起きて多額の品質費用が発生したりすると製品のライフステージ全体を見た時にトータル損益が赤字になってしまうのである。

売上げを上げるためには、開発を急いで早く製品を販売することが求められるが、一刻も早く販売したいと焦って、無理な開発計画を立てると、時間のしわ寄せが品質管理部門に行くことになる。無理に短期間で製品検査を完了させようとして、現場での検査方法を勝手に変えたり、試験データを捏造したりすると、それが原因で市場に製品を出した後に、品質トラブルや事故の発生に繋がるのである。市場に製品を出した後に修理や改修を行うと無駄なコストが発生し、それが事業損益を悪化させる。

トヨタグループの検査不正問題も、納期を優先させて、硬直的で無理な開発日程を組んだことが原因となって、品質検査部門に時間的なしわ寄せが行ってしまい、現場社員への無理なプレッシャーが検査不正に繋がってしまったようだ。

 

 

そこで、今回は納期と品質に関する問題を考えてみたい。次の質問は、電機メーカーA社が開発した新製品「家庭用ポータブル電気温水器」を市場導入した時の問題である。

 

Q1:電気温水器というと、住宅用設備機器というイメージがあるが、電機メーカーA社は、新たな事業分野として家庭でもっと手軽に温水を利用できるように家の中で持ち運びが自由にできる新製品「家庭用ポータブル電気温水器」を開発した。工事が不要でどこでも持ち運びが出来、すばやく温水が使えるという今までになかった画期的な製品であり、販売サイドからの期待も大きかった。新製品は市場導入のタイミングが大事である。そこで、予め決められていた広告宣伝計画に従って、タイミングよく販売しようと開発を急いだ。その後、生産された新製品について品質検査を実施し、問題がないことを確認した。その結果、納期に間に合わせて市場導入を図ることができた。ところが、販売店の店頭で新製品の実演を行おうとして、大変な問題が発生した。店員が「家庭用ポータブル電気温水器」に給水したところ、タンクの下から水が漏れだしたのだ。その後も同じような現象が複数の販売店から寄せられた。そこで、まだ工場に残っていた製品在庫を倉庫から取り出して、給水をして確認を行ったところ、そこでも水漏れが発生した。A社は、これは大変だと考え、これまでに販売店に出荷した市場在庫を急いで全数回収した。

工場出荷前に製品検査を行った品質管理部門からは、きちんと検査指示書に従って検査を行ったが、特に異常は発見されず、水漏れもなかったと報告が上がっている。それでは、何が原因で、「家庭用ポータブル電気温水器」の水漏れが起きたのだろうか。

次の中から、正しいと思うものを選んで欲しい。

 

 

①出荷前に行われる「家庭用ポータブル電気温水器」の検査指示書の内容は、正しい検査手順が書かれていた。しかし、実際に検査を行う検査員が時間に追われて手抜き検査を行い、その結果として製品の一部に水漏れが発生してしまった。

 

②出荷前に行われる「家庭用ポータブル電気温水器」の検査は正しい手順で行われていた。しかし、検査は全数検査ではなく、一部の在庫をサンプルとして行う抜き取り検査であった。製品の水漏れは、新製品のため製造ラインの社員も組み立て作業が不慣れであり、温水器の底蓋の取り付けが甘い製品が一部にあった。そして、製造ラインで発生した一部の不良品が製造後の抜き取り検査で確認できず、チェック漏れが原因であった。

 

③出荷前に行われる「家庭用ポータブル電気温水器」の検査は正しい手順で行われていた。検査も全数確認が行われており、水漏れは一切確認できなかった。しかしながら、ポータブル電気温水器の部材に成型品としてプラスチック使われており、成型品としての形状が完全に固まるまで時間がかかることから、製造後も成型品の経時変化があり、それが原因となって、全数に水漏れが発生した。

 

 

A1:答えは③である。

「家庭用ポータブル電気温水器」の部材として、プラスチックの成型品が使われている。プラスチックの材質の性格上、部材を生産してからそれが完全に固まるまで一定の時間が必要である。通常であれば、余裕を持って生産を行うので、問題は出ないが、この時は新製品の発売時期を優先して、成型品のプラスティックが固まる時間を考えずに急いで生産を行った。そのために製品を生産した後も部材の形状に変化が生じてしまい、温水器の底蓋に隙間が出来たことで水漏れが発生したのである。開発日程を守ることは大切なことであるが、タイトで硬直的な日程を無理に組むと思わぬ形で品質問題に繋がったのである。この「家庭用ポータブル電気温水器」のケースは、早い段階で問題に気づいて直ぐに全数回収を行ったこと、また原因を特定して、プラスチック部材が固まってから組み立てを行うよう対策したことで、幸いにも大事には至らなかった。

 

 

ここまで読むと、最近同じような品質に関わる事故があったことにお気づきになった方もおられると思う。2023/12月に起きた高島屋のクリスマスケーキが崩れた状態で購入者に届いた事件である。5400円もする高価なイチゴのケーキの崩れた姿が、SNSで多数投稿され、それがネットに拡散されたことで、品質事故として大きな話題となった。高島屋の発表では、2900個のケーキの内、807個が崩れた状態で配送されたが、内部調査では原因は特定できなかったとのことであった。

しかし、2023年は2022年に比べて、ケーキの材料であるいちごの入荷が遅れたことで、ケーキの冷凍時間が2022年は2週間であったものが、2023年は僅か1日程度(20時間から25時間)に短縮されていた。このクリスマスケーキは2022年も同じ工場で生産されていたが、この時は事故は起きていない。従って、今回の事故の原因は、いちごの入荷が遅れたにも関わらず、クリスマスに間に合わせるために、短納期の生産・出荷を行ったことが問題なのである。生産が遅れたことで、冷凍時間が大幅に短縮されてしまい、その結果としてクリスマスケーキが輸送に耐えられるレベルまで十分に冷凍されていないにも関わらず、納期優先で急いで顧客に配送したことが影響したと考えられる。

「家庭用ポータブル電気温水器」と「いちごのクリスマスケーキ」は全く異なる分野の製品であるが、無理な納期で生産を行うと、それが品質問題に繋がるという点では共通点があり、「品質のマーケティング」を考える上で参考になる事例と言える。