世の中には、売れそうでなかなか売れない製品というものがある一方で、どうしてこんなに売れたのかと驚くような予想外の売れ方をする製品もある。今回は、新製品の導入期から市場が本格的に立ち上がる成長期に向けてのマーケティング事例について、このような特徴のある売れ方をした製品にスポットを当ててみたい。

一般的にメーカーが製品化を進める時には、当然のことながら、売れて欲しい、ヒットして欲しいと思って物つくりをする。しかしながら、製品に対する思い入れよりも、現実の市場の評価の方が冷静であり、期待をした製品が期待通り売れるケースよりも、期待外れに終わるケースがほとんどなのである。取り扱う製品の分野や特性にもよるが、新製品開発では「10回に1回にヒットすれば成功だ」とよく言われるが、まあ、確かに新製品を開発して一定レベルの市場を形成するまでには、それくらいの確率でないとなかなか新事業を立ち上げることはできない。まあ、それだけ新製品開発はリスクもあり、いつでも運と苦労が隣り合わせなのだ。ところが、稀なケースだが、それほど大きな期待はしていなかったが、実際に事業展開を進めると顧客の反応がよく、一気に需要が拡大することがある。自らの持つ製品の魅力によって、そのまま市場が立ち上がり、ヒットに繋がっていくというケースである。今回の成長期のマーケティング事例は、「電子温風式こたつ」という電気暖房器について考えてみたい。

昔から、冬の電気暖房器の定番と言えば、電気こたつである。こたつの内側の天面中央下部に暖房用に赤外線ランプを取り付け、そこから放射される赤外線によってこたつの中を温めるという単純な機能の製品である。かつては、日本のこたつと言えば、こたつの下部に囲炉裏が置かれていて、その熱で温めていたが、戦後電気こたつが普及することで、その安全性や使い勝手から、日本の家庭には欠かせない暖房器として普及していった。

 

 

そのような電気暖房器市場を背景にして、1977年に三菱電機が発売した業界で初めて赤外線ランプを使わずに温風で温めるという新しい暖房方式の電気こたつが「電子温風式こたつ」である。

赤外線ランプ式の電気こたつは、こたつ内の中央下部に大きな赤外線ランプを取り付けてそこから放射される赤外線によってこたつの内部を温めるものであるが、大きなランプが邪魔になって足を伸ばしづらく、ランプ故障による安全性の問題もあった。加えて、赤外線は目に悪いので、猫がこたつの中で暖を取ると猫の目に影響するということも言われた。それに、対して「電子温風式こたつ」は、半導体ヒーターに風を通して温めた空気でこたつ内をムラなく温める方式である。半導体ヒーターは、原理的に200度以上に温度が上がらない構造になっていることから、電気こたつとしての安全性にも優れていた。温風暖房で光を出さないのでこたつの中は暗いので、視覚的に暖房効果が見えないという人も一部にいるが、赤外線を使わないのでこたつに潜り込んだ猫が目を悪くするようなこともなかった。また、更に大きな特長は、半導体ヒーターはコンパクトで薄型形状になるので、こたつ内の天面上部に取り付けても場所を取らず、こたつの中が広く使え足が伸ばせて使いやすいというメリットがあった。

しかし、一方では送風にシロッコファンを使うので、これまでの赤外線方式の電気こたつに比べて送風音が気になるという意見もあった。熱源についても、半導体ヒーターは赤外線ランプに比べて高価であり、これまでの電気こたつに比べて価格は倍以上と割高であった。

安全で快適な冬の暖房生活の新しい提案として、1977年に三菱電機が業界初の「電子温風式こたつ」を発売したが、当初期待されたほどには売れず、ヒットに繋がらなかった。市場からは、「価格が高い」「送風音が気になる」「赤外線ランプ方式のこたつの方が、ランプの赤い光が見えて温かい感じがする」等と言った声があった。温度ムラがない、安全性が高いという技術的に優れた特長はあったが、そのような効用は消費者にはうまく伝わらなかったのである。

次の質問では、発売当初は市場からマイナス評価が多く、売れ行きの良くなかった「電子温風式こたつ」が、更に製品開発を進め、ちょっとした工夫を加えたことで、市場から高い評価を受け、ヒットに繋がったことについての問題である。成長期のマーケティング事例として、その理由について考えていきたい。

 

 

 

Q10.1977年に三菱電機が業界で初めて発売した「電子温風式こたつ」は、熱源に赤外線ランプを使わずに半導体ヒーターを使って温風で温めるという新しい暖房方式の電気こたつである。半導体ヒーターの特性から安全性が高く、場所を取らないのでこたつの中で足を伸ばせるというメリットがあったが、これまでの赤外線ランプ式の電気こたつに比べると価格が高く、送風音が気になるという顧客も多かったことから、思った程には売れなかった。

そこで、三菱電機は1979年に普通の電気こたつの上位機種として「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」という新製品を発売した。こたつ全体のデザインを本格的な木材を使用した家具調こたつにして高級感を持たせるとともに、半導体ヒーターの省スペースという特性を生かして、こたつの天板部にヒーターを埋め込み内蔵してしまうことで、すっきりとしたデザインにした。

普通の電気こたつの店頭売価がせいぜい5千円程度であるのに対し、「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」の価格はその10倍近かった。いくら家具調こたつだから高級で材質が良いと言っても、家電店の店頭でこのような高価な電気こたつが売れるのかという声も多く、販売店も店頭展示は行ったものの、店自身も本当にこんな高価なこたつが売れるのか疑心暗鬼であった。ところが、実際に冬物商戦が始まると、顧客の店頭での評価は非常に高く、瞬く間に10万台を大きく超えるヒット製品となった。

最初に販売した時は消費者にはあまり評価されなかった「電子温風式こたつ」が、製品企画を見直して「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」として販売すると、一気に消費に火がついてヒット製品になった理由は、どこにあったのだろう。次の内から、消費者が「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」を店頭で購入する決め手となった理由について、正しいと思うものを選んで欲しい。

 

 

①当時は、普通のこたつでは満足できないので、グレードの高いこたつが欲しいと考えている消費者が多かった。「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」はその独特の暖房方式よりも、家具調こたつという家具としての材質や高級インテリア感が評価されて、ヒットに繋がった。

 

②「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」は、薄くて省スペースという半導体ヒーターの特性を生かして家具調こたつの天板部分にヒーターを内蔵することで、店頭展示を見た顧客は、これまでのような電気ヒーターがなく、横から「ヒーターが見えない」すっきりデザインが評価された。冬場は電気こたつとして使用、夏場はヒーターを外すことなくリビングテーブルとしてそのまま使えることも消費者から高評価を受けた。

 

③電気暖房器は、何かトラブルがあったら、火災事故に繋がるので、購入にあたっては製品の安全性が重視される。当時は、暖房器に対する消費者の安全性に対する意識が高まってきた時であり、そのタイミングで「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」を販売したことで、製品が持つ安全性の高さに注目が集まり、ヒットに繋がった。熱源に半導体ヒーターを使ったことで、原理的に温度が200度以上には上がらない構造になっていることから、赤外線ランプ式のヒーターに比べて、安全性に優れていたことが多くの消費者から評価を受けた。

 

 

 

 

 

A10.答えは②である。

・店頭に「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」が展示され、冬物商戦が始まるまでは、販売店も本当にこのような高価な電気こたつが売れるのかと半信半疑だった。しかしながら、蓋を開けると心配は無用だった。店頭で展示されている「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」を見た消費者は、電気こたつなのに赤外線ランプがどこにも見えないので驚いた。普通の電気こたつは、天井下部に赤外線ランプが取り付けられており、横から見ると大きなでっぱりが見える。ところが、その横に展示されている「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」は、天板の中に薄型の半導体ヒーターが埋め込まれているため、こたつを横から見ると全くヒーターが見えず、電気こたつには必ずあった天板中央のでっぱりが全く無いのである。店頭でこたつを見て「あ、ヒーターが無い」と驚いた消費者がそのまま購入行動に繋がったのである。

・半導体ヒーターは薄型コンパクトで安全性に優れているが、普通の電気こたつに取り付けただけでは半導体ヒーターと赤外線ランプとの価格差だけが目立ってしまう。しかし、もともと単価の高い家具調こたつと組み合わせることで、相対的に半導体ヒーターの割高感を目立たなくさせることができた。また、家具調こたつという大型の筐体を利用することで天板の中にヒーターを内蔵して隠すことが可能になった。また、気になるシロッコファンの送風音も半導体ヒーターを内蔵化したことで、大幅に低減することができたのである。

・家電店の店頭で「ビルトイン型電子温風式家具調こたつ」に関心を持った消費者から質問を受けた店員は、実用面でもこたつの中で足がヒーターにあたって邪魔になることがなくなったこと、冬場は電気こたつ、夏場はそのままインテリアテーブルとして一年中使用できるので、使い勝手が良いことを説明した。また、機能面でも半導体ヒーターが安全性に優れているという技術的な説明も追加で行った。それらの効用が消費者から支持され、注文が殺到してヒットに繋がった。

・そして、電気暖房器業界全体においても、このヒットを一つのきっかけとして、普通の電気こたつから、家具調こたつへと買い替えが進んでいった。現在では、家具調こたつは、半導体ヒーターを使った電子音風式ではなく、石英管ヒーターやハロゲンヒーター等を使用したものが主流となっているが、ヒーターの薄型化というコンセプトは継承されており、今でも電気暖房器分野において、中心機種の一つとなっている。