前回までは、急速なデジタル化、ネットワーク化の影響を受けたカメラや写真フィルムの事業動向を踏まえて、ライフサイクルステージの衰退期におけるマーケティング戦略について考えてきた。今回は少し視点を変えて、書籍・雑誌といった出版業界の動向について取り上げてみたい。最近の傾向として、日本人の本離れが進んで、読書をしなくなった人が増えたとよく言われる。確かに、PCやスマホの普及が進んだことで、紙媒体からではなく、電子媒体による文字情報や画像情報から情報を入手するようになった。以前は電車や地下鉄の中で読書をしている人をよく見かけたが、最近はスマホを見ている人は多いが、本を読む人はめっきり減っている。実際に統計データを見ても1990年代には全国で23000店程あった書店が、現在では10000店舗を割るようになっており、地方に行くと書店が一店もない地域があったりして、社会的にも問題になっている。本を読まない人、買わない人が増えており、特に若者を中心に読書離れが進んでいるようである。

出版業界の動向を見ていくと、紙媒体としての書籍・雑誌は、1990年代半ばをピークにして長期低落傾向が続いている。出版物の売上推移を見ると、1996年には26564億円(内訳:書籍10931億円、雑誌15633億円)あった紙媒体としての書籍・雑誌の売上が、2022年は11292億円(内訳:書籍6497億円、雑誌4795億円)と半分以下に減少しており、この傾向は今後も続くことが予想される。まさに、業界全体が衰退期に入っており、このような長期低落傾向の中で、どのようにして生き残りを図って行くかが今回のテーマである。

次の質問は、長期に亘って市場が縮小傾向にある紙媒体の書籍・雑誌という出版物事業において、出版業界がどのような施策を取ったかについてのケーススタディである。

 

 

Q5.書籍・雑誌という紙を媒体とした出版物は長い歴史があり、手堅く安定した事業であった。1990年代の半ばには3億円ほどの売上規模があったが、その後PCやスマホの普及が進む中で、情報入手手段が多様化し、若者の読書離れもあり、現在では1億円程度の売上となり、このような売上減少傾向は今後も続くことが予想される。

このような長期に亘る出版不況の影響を受け、書店数が減少し、体力のない出版社の統廃合や倒産も続いて居る。このような中で、生き残りをかけて出版業界がとった事業戦略はどのようなものであったか、次の中から選んで欲しい。

 

 

①PCやスマホの普及が進んだことで、読者の情報入手方法が、従来の紙媒体から電子媒体に移行していることから、出版社は自社で発行する出版物を紙だけでなく、電子データへ利用媒体を広げた。紙の本を販売するだけでなく、電子出版としても販売することで、コンテンツを多角化して売上拡大を図った。

 

②書籍・雑誌という紙を媒体とした出版物は長い歴史があり、その販売方法も独自のものが残っている。店頭値引きを行わない再販価格維持制度や書店の店頭に並んだ出版物が売れなかった場合は出版社に返品する委託販売制度があるが、最近では時代の流れに合わなくなっている部分もある。そこで返品率約4割といわれる出版社の負担を低減する為に委託販売制度から買取制度に移行することや再販価格維持制度から離れて値引販売によって売残ロスを減らすことが行われている。また、書籍・雑誌を梱包して店頭で開けられないようにして商品劣化を防ぎ、全体として効率化を進めて損益確保を図る施策も行われている。

 

③紙を媒体とした出版物の中で、特に減少が著しいのは雑誌である。雑誌の場合は、ファッション雑誌やグラビア雑誌のように写真等の画像情報が中心のものがあるが、これらの雑誌はいずれもPCやスマホを使った電子映像を利用する方が便利であり、内容の充実を図ることができ、売上は大幅に減少している。そこで、新しい付加価値として、電子媒体では対応できない付録(ファッション誌であれば、財布やバック)をおまけとしてつけることで、売上の確保を図った。

 

 

 

A5.答えは①②③である。但し、①の電子出版については大きな効果が出ているが、②と③は具体的に実施されたものの顕著な効果は出ていない。

書籍・雑誌という紙を媒体とした出版物の売上は長期に亘って縮小傾向にあるが、PCやスマホを利用して読む電子出版は、ここ10年程で大きく伸長している。2022年の紙媒体としての書籍・雑誌の売上が11292億円(内訳:書籍6497億円、雑誌4795億円)に対して2022年の電子出版の売上は5013億円であり、紙の雑誌売上げを超える市場規模になっている。また、紙の書籍・雑誌に電子出版を加えた2022年の出版物全体の売上は16305億円であるが、ここ3年間はほぼ同様の売上を維持しており、電子出版の売上増が紙の出版物の売上減を補っており、出版物全体としては、需要減に歯止めがかかった形になっている。

電子出版の売上は、2014年に1144億円だったものが、2022年には5013億円まで急増しており、その中の9割近くが電子コミックであることから、電子コミック市場の拡大が出版物市場全体を支えていると言える。

②で述べた買取制度や自由価格販売の導入については、一部で実施されているものの、顕著な効果は見られず、出版業界全体の動きにはなっていない。但し、ネット販売のウエイトが拡大する中で、流通変化と併行して更なる展開が予想され為、今後の動きが注視される。

③で述べた内容はコンビニの出版物販売コーナーの展示状況を見るとよくわかる。かつてはコンビニ販売の主体は雑誌であり、とりわけファッション誌が大量に展示されていたが、スマホの普及とともにファッション誌の需要が急減したことから店頭展示が縮小している。現在のコンビニの出版物販売コーナーに置かれているのは財布やバックを付録にしたファッション誌に主体が置かれており、消費者は雑誌ではなく、添付された付録を買うために雑誌を購入するようなケースが増えているようである。雑誌を売るための生き残り策の一つではあるが、あくまで戦術的な施策であり、雑誌需要全体を支えるようなものではない。

 

 

【電子コミックのマーケティング】

電子出版の売上は、2014年に1144億円だったものが、2022年には5013億円まで急増した。出版物全体の売上に占める電子出版の構成比も、2014年は6.7%であったものが、2022年には30.7%になっている。

そこで、2022年度の電子出版の構成比30.7%の内訳を細かく見ると電子書籍2.7%、電子雑誌0.5%、電子コミック27.5%となっており、出版物全体の売上を支える電子出版の内の9割近くが実は電子コミックであることが分かる。

つまり、出版物の紙から電子への移行は、既存の出版物がそのままの形で移行するのではなく、電子出版に親和性がある電子コミックが中心となって市場を作り出しているのである。

それでは、何故これほどまでに電子コミックの売上が増加したのだろうか。

その理由として考えられるのは、最近の若者の読書はコミックのウエイトが高いこと、また電子出版の読書のツールとしてスマホが利用されるケースが多いことが挙げられ、若者がコミックを読もうと考える時にスマホを使って電子コミックを読むという文化が定着してきたからだろう。確かに、電車や地下鉄で若者がスマホを使っているシーンをよく見かけるが、ゲームをやっているか、コミックを読んでいるケースが多い。コミックは、活字の本と違って、絵が中心であることからスマホでも読みやすい。また、紙のコミック本を買うと置き場所に困るが、電子コミックであれば場所も必要ないし、いつでもどこでもスマホを使って手軽に読むことができるのである。

出版物の電子化は今後も続くことが予想され、電子コミックの需要も更に拡大することが予想される。特にコミックは日本国内だけでなく、グローバル市場を抱えていることから、コミック部門を抱えている出版社にとっては、大きな財産であり、コミックの電子化を更に進めることで将来性のある事業に育てようと考えている。まさに、変化はチャンスである。