これまで、ライフサイクルステージの導入期、成長期、成熟期について、いろいろなケーススタディを踏まえてマーケティング戦略について考えてきた。今回は、いよいよ衰退期におけるマーケティングについて考えてみたい。衰退期は、需要が減少して売上は低下する一方で、競争は激化し単価も下がることから、利益も減少していく。そんなところにマーケティング戦略などあるのかと考える人も多いと思うが、厳しい環境の中でどうやって生き残りを図って行くのかということもマーケティングにおける重要なポイントなので、ケーススタディを踏まえて考えて行きたい。

衰退期の製品事例として、身の回りの製品で良く取り上げられるのは、カメラ、オーディオ機器、ブラウン管テレビ、VTR等があり、それを利用する記録媒体として写真フィルム、レコード、カセットテープ、CD、DVD等があり、技術革新が進む中で、機器と記録媒体の需要が同時に減少して衰退期に入って行く。一方、生活様式の変化の中で、需要が減少していった事例としては、電気暖房機や石油暖房機、オートバイ、ピアノのような製品がある。これらの衰退期の製品の中には、他の代替機器にシフトすることで生き残りを図ろうとするケース、国内需要の減少を海外輸出で打開しようとするケース、需要減を甘受してその中で競争に耐えて生き残りを図ろうとするケースがある。

今回は、冬の暖房機の代表的な機器である石油ファンヒーターを衰退期の製品事例として取り上げてみたい。石油ファンヒーターは、1978年に業界初の開放型燃焼方式の石油温風暖房機として発売され、その年は年間30万台を売り上げ、その後毎年需要は拡大し、1990年代の半ばには年間500万台程度の需要があった。しかしながら、それをピークにして、需要が減少し、2022年は年間約160万台と最盛期の三分の一まで需要が減少している。エアコンの暖房機能が格段に向上し、寒冷地を除いては冬期もエアコン暖房で十分対応できるようになったこと、一戸建が減って密閉度の高い共同住宅が増えたことで暖房に灯油を使用する世帯が少なくなったこと、安全性の問題から灯油より電気の方が熱源として好まれることなどが理由として挙げられる。

次の質問は、最盛期に比べて大幅に販売が減少してしまった衰退期の石油ファンヒーター市場において、市場の縮小に直面したメーカーがどのような施策を取ったかについての問題である。

 

 

 

Q1.石油ファンヒーターは、石油を熱源とした温風暖房機として日本の冬を代表する暖房機であったが、エアコンの世帯普及が進み中で、暖房機能も急速に向上したことで、一部の寒冷地を除いては、冬の暖房もエアコンを中心に使用するようになっていった。製品のライフステージが衰退期に入り、需要が毎年減少し、価格競争が激化する中で、暖房機メーカーがどのような対策を打ったのか、次に内から選んで欲しい。

 

 

①国内需要は年々減少傾向であったが、海外では石油ファンヒーター市場そのものが未開拓であったことから、海外に積極的に輸出を行うことで、生き残りを図った。

 

②国内需要は年々減少傾向にあったことに加え、消費者の安全意識の高まりからも、熱源が灯油から電気にシフトしていった。このような状況の中で、事業を維持するのは難しいと判断して、これ以上の事業損益悪化を防ぐため、生産・販売を中止して市場から撤退した。

 

③国内需要は年々減少傾向にあったが、寒冷地を中心に根強い需要があることから、将来的に見ても事業として存続させることはできると考えた。そこで、生き残りを図るべく、費用削減・コスト削減を行って、限られた市場の中で事業を継続した。

 

 

 

 A1.答えは②と③である。

・最盛期に石油ファンヒーターを生産・販売していたのは、日立・三菱電機・東芝という総合電機メーカー3社、パナソニック、三洋、シャープという家電メーカー3社、ダイニチ・コロナという専業メーカー2社の計8社が中心であった。しかし、総合電機メーカー3社、家電メーカー3社は、いずれも石油ファンヒーターは事業として採算がとれず、エアコン暖房で市場の置き換えが可能であり、技術的にも燃焼技術は電気技術と異なり、他の事業への展開が難しいことから、2000年代に入って6社とも市場から完全に撤退した。一方、専業メーカー2社は、そもそも石油・ガスの暖房機事業が会社の柱であり、ここで生き残りを図らないと会社自身の存続に影響することから、シェアの拡大と損益の維持に注力して事業継続を図った。

・尚、①の回答で述べられていた海外市場展開については、過去に一部のメーカーで市場開拓を試みたことがあったが、失敗している。熱源の灯油が国によって規格が異なることから、国内仕様の燃焼器を海外に持ち出してもそのまま使うことができず、技術的な問題があることから、海外展開は上手くいかなかった。

・大手の電機メーカー・家電メーカーは、2002年に日立、2003年にパナソニックと三菱電機が生産を完了する等、2000年代に入って次々と事業を収束、最後まで残っていたシャープも2007年3月で生産を完了して、大手6社全てが石油ファンヒーター市場から撤退した。しかし、石油ファンヒーターの需要は無くなったわけでは無く、寒冷地を中心に約200万台程度の底堅い需要があり、専業メーカーであるダイニチ・コロナの2社は、開発費・広宣費等を抑えるとともに、コスト低減に努めることで、市場のシェアをほぼ半々で分け合うことで、損益確保を図って事業を維持し、生き残りを図っている。

 

 

【事業撤退と継続の判断についてのマーケティング】

現在、販売店に行って石油ファンヒーターの展示コーナーを見ると、大手の電機メーカー・家電メーカー6社の製品はどこにも見当たらず、専業メーカーであるダイニチ・コロナのほぼ2社のみが店頭に並んでいる。ライフサイクルステージの衰退期に入った石油ファンヒーター事業について、大手メーカー6社が完全撤退し、専業メーカー2社が事業を継続するという形で、全く二つの異なる判断を行っているが、このような判断に至った背景には、それぞれのメーカーとしての事情が影響しているのである。

大手メーカー6社は、もともと本業は家電製品であり、灯油を使用する燃焼器を持つ石油ファンヒーターは他の家電製品との技術的な相乗効果はほとんどない。エアコンの暖房能力が向上して、温風暖房機としての代替が利くようになったことに加え、他にも床暖房や電気ストーブなど電気を熱源とした暖房機が多数あることで、石油暖房機の代替は可能になっている。また、PL法が制定され、消費者の安全性に対する意識の高まる中で、室内で灯油を燃焼させる石油暖房機は防火対策や排ガス問題に対するリスクを考えると石油暖房機事業を継続するよりは、本業の電気を利用した暖房機事業に特化した方が良いと考えたのであろう。

一方、専業メーカー2社は、もともと石油・ガスを熱源とした燃焼器を使った製品が本業であり、燃焼技術を捨てて石油暖房機事業から撤退することは会社の存続に直結する。また、両社はいずれも新潟県内に本社・工場を構えて国内生産を行っており、大手メーカー6社のように人員を他の事業にシフトさせるようなことも簡単には出来ない。そこで、大手メーカー6社が撤退した後、需要も年間200万台程度となり、単価も下落傾向にあり、今後も伸長は見込めない石油ファンヒーター市場ではあるが、限られた需要を生き残った2社でシェアすることで、安定して一定の利益を確保しながら事業を継続するという選択肢を選んだのである。