製品のライフサイクルの中で、成長期は将来に向けて市場の方向性を見極め、需要拡大を図る大変重要な時期である。これまで世の中になかった新製品による市場創造を目指す導入期とは異なり、どのように具体的な取り組みを行えば、市場全体のパイを広げていくことができるか、他社に先駆けて業界のポジションを確保することができるかがポイントである。

次の事例は、大型白物家電の一角を占めるエアコン市場において、成長期において消費者ニーズを巧みに捉えた製品を開発・販売し、売上拡大とシェアアップを図ったケースである

 

Q7.日本の家庭用エアコンの歴史は意外に浅く、1953年に国内初のウインドウ型のルームクーラーが発売されたことから本格的に始まり、1959年には室内機と室外機に分かれたセパレーツ型が発売されている。当時はルームクーラーと言われたエアコン市場は徐々に拡大して行ったが、テレビや冷蔵庫といった他の大型家電品に比べるとエアコンはまだ贅沢品というイメージが強く、普及率の伸長は緩やかであった。エアコン市場が急拡大する契機となったのは、電機メーカーA社が1967年にこれまでに世の中になかった画期的な製品を市場に投入したことである。それでは、A社が開発し、エアコン需要拡大のきっかけとなった画期的な製品とは一体どのようなものか。次の中から選んで欲しい。

 

 

①当時のエアコンは、空気を冷やすだけの冷房機能しか持っておらず、クーラーと呼ばれていたが、冷媒を逆に回すことで空気を暖めるというヒートポンプ機能を持たせるようにした。電機メーカーA社は、一つの空調機で冷房暖房ができるヒートポンプエアコンを発売したことで、需要が一気に伸びて売上拡大とシェアアップを図ることができた。

 

②当時のエアコンは、空気を冷やす為の冷房能力が弱く、せっかくエアコンを買ったのになかなか部屋が冷えないという難点を抱えていた。そこで、電機メーカーA社は、冷房能力を高めるためにインバーター機能を搭載したエアコンを発売したことで、需要が一気に伸びて売上拡大とシェアアップを図ることができた。

 

③当時のエアコンは、日本家屋の部屋の狭さから設置スペースの問題が普及拡大のネックになっていた。室内機と室外機に分かれたセパレーツ型が発売され、コンプレサーを室外に置くことで改善はされたが、室内機の置き場所には相変わらず苦労していた。電機メーカーA社は、これまでし部屋の床に設置していた室内機を壁掛け方式にした業界初の「壁掛けセパレーツ型エアコン」を発売したことで、需要が一気に伸びて売上拡大とシェアアップを図ることができた。

 

 

A7.答えは③である。

・電機メーカーA社は、今も大手エアコンメーカーの一角を占める三菱電機である。そして、1967年に業界で初めて、壁掛け方式を実現した新製品とは、「壁掛けセパレーツ型エアコン」(ペットネーム:霧ヶ峰)である。

・従来からあった窓掛け型エアコンは、日本の住宅構造からは使い勝手が悪く、室内機と室外機に分かれたセパレーツ型エアコンも、狭い部屋に室内機を置くのでスペースを取られてしまい工事性にも難点があった。1967年に三菱電機が開発した「壁掛けセパレーツ型エアコン」は、ラインフローファンを送風機として利用して室内機の薄型化を実現し、その室内機を壁に取り付けることで、狭い部屋でも使用スペースを確保することが出来るようにした。また、室内機と室外機を繋ぐ工事も壁に小さな穴を開けてそこに冷媒管を通すことにより、配管工事の簡易化を図っている。これによって、三菱電機は売上拡大とシェアアップを図ることができた。現在も三菱電機の「霧ヶ峰」はエアコンのトップブランドの一つとなっている。

・国内のエアコン市場は、日本の家屋構造に最適な「壁掛けセパレーツ型エアコン」の登場によって需要が拡大し、1967年以降「壁掛けセパレーツ型エアコン」は急伸長し、1970年以降は「壁掛けセパレーツ型エアコン」需要の全盛時代となって行った。エアコンは米国で開発・販売されたが、日本で家屋構造に適応した製品に改良され、それが世界にも認められて、今や「壁掛けセパレーツ型エアコン」が世界のスタンダードになっている。

・尚、回答①のヒートポンプエアコンは、国内では1958年に製品化をされているが、当時の技術では低温時の暖房能力が不足して主力暖房機になるような製品とは言えず、補助に電熱ヒーターを使っていた為に電気代もかかりこともあり、普及は進まなかった。また、回答②のインバーター機能搭載のエアコンは、もっとエアコン市場が拡大した後の1988年に東芝が業界に先駆けて発売している。インバーターは省エネ技術として評価され、現在はほとんどのエアコンにインバーター機能搭載のコンプレッサーが採用されている。

 

 

【ブランドネームのマーケティング】

・エアコンのブランドネームとして「霧ヶ峰」は消費者に定着しており、エアコンが三菱電機製かどうかは知らなくても「霧ヶ峰」というブランドは知っているという人も多い。しかし、よく考えてみると、エアコンは冷房機能と暖房機能をともに備え、一年中使用しているにも関わらず、ブランド名が「霧ヶ峰」という涼しさをイメージするのはおかしい気がする。それでは、何故このようなことが起きたのか。そもそもエアコンは、冷房機能専用の空調機として発売され、当時はルームクーラーと呼ばれていた。しかしながら、その後、暖房能力を兼ね備えたヒートポンプエアコンの登場により、一年中使用できる冷暖兼用の空調機となり、現在に至っている。

・冷房専用機能でルームクーラーと言われた時代のエアコンは、各社とも夏の暑い時期を冷房によって快適に過ごすイメージを持ったネーミングにしている。ルームクーラーの時代のペットネームは、三菱電機は「霧ヶ峰」、パナソニックは「樹氷」、東芝は「木かげ」、日立は「白くまくん」といずれも、涼しさを前面に出したイメージのネーミングである。その後冷房と暖房の両方の機能を持ち一年中使用することのできるエアコンの時代になったことから、製品の機能にネーミングが合わないと考え、ペットネームを変更したメーカーが多かった。パナソニックは、室内空調全体を快適にコントロールすることから「エオリア」というペットネームに変更し、「東芝」も清潔で快適な空調機というイメージを前面に出した「大清快」というペットネームに変えている。

・一方、機能が大幅に変わっても、頑固にペットネームを変えなかったのが、三菱電機と日立である。日立は、1959年から「白くまマーク」を機器に取り入れ、1975年からペットネームとして「白くまくん」を正式採用して現在に至っている。三菱電機も1967年から「霧ヶ峰」ブランドで発売を開始し、長期に亘って同じネーミングを続けたことから、「ルームエアコンの最長寿ブランド」として「霧ヶ峰」がギネス認定されている。この2社については、独立した固有ブランドというイメージが消費者に定着し、機能とネーミングの関係に違和感を感じないレベルになっているので、両社ともペットネームを変えることは全く考えていないようである。