製品のライフサイクルの中で、成長期はその後の市場の方向性と業界ポジションを固める上で重要な時期である。これまで世の中になかった新製品による市場創造を目指す導入期とは異なり、成長期は大きく広がる需要を各社で奪い合う戦いである。どのようにして他社差別化により、シェアをアップを図って、競争に勝ち抜くかがポイントである。前項で、日清食品が世界初のカップ麺である「カップヌードル」をどのようにして市場導入を行い、需要を立ち上げたかについて述べたが、今回は、成長期におけるカップ麺市場において、後発メーカーによるカップ麺の差別化戦略について考えてみたい。

次の事例は、競争の激しいカップ麺の成長期において、この分野のガリバー企業である日清食品の「カップヌードル」に対して、後発メーカーがどのようなアプローチで挑戦して行ったのかという事例である。

 

 

Q5.インスタントラーメンの大手メーカーであるA社は、カップ麺のトップメーカーである日清食品の「カップヌードル」に対抗し、後発メーカーとして1982年10月にこれまでになかったカップ麺の新製品を投入した。トップメーカーからシェアを奪い、一気にカップ麺市場での地位を確立しようとした挑戦者A社のとった戦略は次の内のどれか。

 

①日清食品の「カップヌードル」は、市場導入時に全国に給湯機能付きの自動販売機を設置して市場立ち上げを図ったが、前広に設備投資を行ったことで、価格は高価格を維持していた。そこで、A社は思い切った低価格戦略で新製品を導入することで、一気にシェアアップを図ろうとした。

②カップ麺のような個人向けの食品は、ブランド戦略が最も有効である。A社は「カップヌードル」に対抗した独創的なペットネームを発案するとともに、知名度の高い有名タレントを使用し、TVCMを中心にした広告戦略を徹底することで、一気にシェアアップを図ろうとした。

③日清食品の「カップヌードル」は、お湯を注いでから食べられるまで3分間待つ必要があった。A社はその点に着目し、新しい差別化技術により、お湯を注いでから僅か1分でカップ麺が食べられるという画期的な特長を持った新製品を投入することで一気にシェアアップを図ろうとした。

 

A5.答えは②と③である。

・食品メーカーA社とは、インスタントラーメンの大手の一角を占める明星食品である。そして、満を持して投入した新製品とは、通常麺と比べて気泡を多くした特殊製法の麺を使用することで、調理時間を1分に縮めた「クイックワン」である。「クイックワン」を発売するにあたっては、日本を代表するGSである「ザ・タイガース」を起用し、僅か1分でカップ麺が食べられるという差別化メリットを、TVCMで徹底訴求し、発売当初は大反響を呼んだ。

・しかし、調理時間が短いことから「調理時間直後はスープが熱すぎて食べにくい」「特殊製法の麺は伸びやすい」という欠点があり、リピート需要を充分取り込むことができなかった。時間が経つにつれて、人気は低下し、売上は低迷した。そのような状況に加えて、日清食品が保有していたカップ麺の構造に関する実用新案に「クイックワン」のカップ麺の構造が抵触したことから両者による訴訟問題に発展し、最終的には明星食品の「クイックワン」は1984年に販売終了となった。

 ・日清食品の「カップヌードル」は、お湯を注いでから食べられるまで3分間待つ必要があるのに対して、明星食品の「クイックワン」は僅か1分でカップ麺が食べられる画期的な差別化製品であったが、食品の基本である味や食べやすさの観点からは不十分な点が多く、最終的に「カップヌードル」に勝てずに撤退した。日清食品の「カップヌードル」は、カップ麺市場のガリバーであり、今もその地位は揺るがない。

 

 

【「過ぎたるは及ばざるが如し」のマーケティング】

・日清食品の「カップヌードル」は、お湯を注いでから食べられるまで3分間だが、明星食品の「クイックワン」は僅か1分でカップ麺が食べられるということで、調理時間が待ちきれない消費者にとっては、大きなメリットではないかと考えて、明星食品は短期間に認知度を上げる徹底した広告戦略を行って拡販を行ったが、実際には「1分でカップ麺が食べられるニーズ」は当初考えたほどの消費者へのインパクトは無かった。味も落ちてしまい「過ぎたるは及ばざるが如し」である。

・この事例に限らず、製品企画を行っていると、これは良いと思った製品が、実際に市場に出してみると、予想外に不振だったりするケースがよくある。技術的に優れているので、これなら消費者に受け入れられるだろうと期待して発売すると、消費者の評価は芳しくなく空振りに終わり、それを開発した技術者は良い製品なのになぜ売れないのだろうと頭を抱えるのである。

・かつて、携帯電話で小型化競争があった。背中に背負うほどの大きさでショルダーフォンと呼ばれたこともあった携帯電話であるが、その後小型軽量化が進んでポケットに入るくらいの大きさになり便利になった。しかしながら、小型化競争が更に進んでくると、大きさがあまりに小さいと使用者が操作しにくくなり、小さ過ぎて却って売れなくなるというケースが出てきた。また、家庭で一般に使われる温風暖房機も小型化を進め過ぎると、ボリューム感がなくなって部屋の中に設置しても機器としての存在感が薄くなって評価されなくなるケースや、薄型化コンパクト化を進め過ぎて、その薄さで設置時の安定感がなくなり製品評価が下がるというケースがあった。いずれも、製品企画において、良かれと思ったことが消費者に評価されず裏目に出てしまい、「過ぎたるは及ばざるが如し」の失敗製品事例である。

・製品企画のポイントは、消費者目線で開発を行うことである。消費者が何を期待しているか、何を求めているかをよく考えて製品化を進めることである。技術に自信を持っているメーカーは、つい自分が持つ技術を過大評価して開発を進めがちであるが、独りよがりにならないよう、常に注意が必要である。