人生がなかなか思う通りにはいかないように、ヒット製品も新しいアイデア、新しい技術があれば、そのまま簡単にヒットに繋がるというものではない。ヒット製品の裏には、その何倍もの数の失敗作が隠れており、過去の多くの失敗事例の上に、努力と運が重なって、市場導入に成功し新しい需要が拡大してヒット製品が生まれるのだ。

導入期のマーケティングを考えていく上で判断が難しいのは、新製品の市場性の見極めである。新製品導入を行った際に、なかなか思う通り市場が立ち上がらなかった時に、もう少し粘り強く販売活動を継続すれば臨界点を超えて市場が立ち上がるのか、それともこの製品はもともと市場形成が難しく、これ以上傷口を広げないうちに撤退すべきかという判断の見極めである。

次の設問は、新製品の市場形成が難しいと判断して、その事業からは一旦撤退したが、単に撤退して止めてしまうのではなく、新しい切口で再度新たな製品を提案し、それが成功して大きなヒットに結びついた事例である。

 

 

Q11.電機メーカーA社は、灯油を熱源に独自の技術でガス化させ、コンロの調理器として使うという画期的な新製品「石油ガス化テーブル」を1977年に発売した。これまで調理器として使われていたガスコンロは、熱源が都市ガスやLPガスであり、熱源の性格上、安全性の対する配慮や持ち運びが難しいと問題を抱えていたが、灯油という安くて便利な熱源を使うことで、場所を選ばずに調理ができるという画期的な新製品であった。ところが、実際に新製品として発売すると、「灯油を気化させるのに予熱時間が5分以上かかることから、直ぐに調理ができない」「灯油の臭いが残るので、料理のイメージが悪くなる」ということで、消費者から不満があり、離島などのガスが使用できない特殊な場所以外はほとんど売れず、市場形成が出来なかった。

「灯油を熱源にして独自の技術で瞬時に液体をガス化させて燃焼させる」という燃焼方式はこれまでに世の中になかった画期的な技術である。A社はこのままこの技術を埋もれさせることはできないと考え、視点を切り替え、新技術を利用した新たな用途を探し出して製品化した。新製品を発売すると、消費者から好評を得てたちまちヒット製品となった。さて、A社が再挑戦によって生み出した新製品とはどのようなものか、次の内から選んで欲しい。

 

①「灯油を熱源に独自の技術でガス化させて燃焼させる」という燃焼器を暖房に応用し、灯油を熱源とした持ち運びのできる開放型の温風暖房機として発売した。

②「灯油を熱源に独自の技術でガス化させて燃焼させる」という燃焼器を車載用調理器に応用し、灯油を熱源とした持ち運びのできるキャンピングカー用調理器として発売した。

③「灯油を熱源に独自の技術でガス化させて燃焼させる」という燃焼器を軽量コンパクト化し、どこにでも持ち運びができる移動式調理器として発売した。

 

 

A11.答えは①である。

・A社とは、三菱電機である。「灯油を熱源に独自の技術でガス化させて燃焼させる」という技術を使った開放燃焼型の温風暖房機とは「石油ファンヒーター」である。

・灯油を熱源に独自の技術でガス化させ、新方式の調理用コンロとして販売された新製品「石油ガス化テーブル」は、簡単に持ち運びができて安全性も高い灯油を熱源としながらガス機器と同様の強い火力が得られるという画期的な製品であった。残念なことに、調理器具としてはキッチンで使用するには余熱時間や臭いの問題がネックとなって、市場を形成するには至らなかった。しかしながら、技術的には、心臓部である「エアジェットバーナー」は、ガスを使用せず、強い火力を得るのに熱源を灯油で代替できるという機能を持った革新的なものであった。

・当時の日本の家庭において冬場に部屋を暖める暖房機は石油ストーブが中心であった。石油ストーブはその芯から赤外線を放射させて周りを暖房するものであり、部屋全体ではなく部屋の一部を暖めるいわゆる部分暖房の機器であった。当時から、部屋全体を隅々まで温めたいという温風暖房機に対するニーズはあったが、ヒートポンプエアコンは当時の技術ではまだ暖房性能が不足していた。当時の温風暖房機は、壁に穴を開けては燃焼に使った排ガスを外に出して使うFF式(強制吸排気式)温風暖房機が主流であったが、価格も高く設置工事が伴うことから、寒冷地や一部の家庭でしか普及しておらず、一般的な普通の家庭では、石油ストーブが使用されていた。

・「石油ファンヒーター」は、新技術を使った「エアジェットバーナー」によって灯油を気化させて燃焼させ、そこに室内の空気を送り込んで、部屋全体を温風で暖房するという新しいタイプの温風暖房機であり、工事が不要でどこでも手軽に持ち運びができることから、石油ストーブの上位機種として、消費者に新しい暖房方式の提案を行うこととなった。

・実際に、1978年に「石油ファンヒーター」が発売されると、爆発的なヒットとなった。三菱電機は当初は5万台くらいの販売台数を予測をしていたが、発売当初から消費者に大好評であり、その後増産に増産を重ねた結果、この年だけで30万台を発売し、大ヒット商品となった。

・灯油を熱源とする新方式の調理器「石油ガス化テーブル」で開発された新しい燃焼技術が、持ち運びの出来る手軽な開放燃焼型の温風暖房機として「石油ファンヒーター」に応用され、新しい暖房機市場が誕生した。石油ストーブによる部分暖房が中心だった日本の家庭に温風により部屋全体を暖房するという新しい生活提案が「石油ファンヒーター」によって行われ、多くの消費者に受け入れられた。「石油ガス化テーブル」では事業化に失敗したものの、燃焼技術は姿を変えて「石油ファンヒーター」に引き継がれ、日本の冬を変えたのである。

 

【コアコンピタンス経営について】

・社会の変化が激しくなり、事業環境が急変すると、今まで長年培ってきた事業が継続できなくなることがある。このような問題についてコアコンピタンス経営の代表的な事例として取り上げられるのが、富士フィルムである。世の中がIT化、デジタル化にシフトし、デジタルカメラやカメラ機能付きの携帯電話が増えたことで、アナログカメラの需要が急減した。それに伴って、富士フィルムのメイン事業である写真フィルムが全く売れなくなった。 

・グローバルな市場で富士フィルムと競合するコダックは、写真フィルム事業の急減という事業環境変化に耐えられずに2012年に倒産している。一方、富士フィルムは、予めこのような事態を予測し、写真フィルムで培った技術(フィルム製造に必要な精密技術とコラーゲン精製技術)を医療分野、高機能材料分野、化粧品分野等に展開し、新たな事業を生み出して会社の存続を図った。

・他社に比べて競争優位性がある要素(技術、ブランド、販路等)をコアコンピタンスというが、それを有効に活用して事業展開を行うのが、コアコンピタンス経営である。富士フィルムのようなメーカーは、他社が真似できない優れた技術を持っており、その優位性を自身が認識し、技術が活用できる市場に狙いを定めて、独自の新製品を投入することで活路を生み出すことができるのである。

・今回の三菱電機の「石油ファンヒーター」の事例も、「エアジェットバーナー」というこれまで世の中になかった新しい燃焼器を開発し、その競争優位性を見極めて、石油暖房機市場を対象に新製品を投入したことが、新しい需要の創出に繋がっている。これもコアコンピタンスを他分野に展開した成功事例と言える。

・最後に、やや専門的になるが、競争優位性という技術的な視点から「エアジェットバーナー」の燃焼構造を説明する。常温では液体の灯油を、ノズルを使って霧状にし、予め250℃以上に熱したバーナーの壁面に霧吹きの原理で直接ぶつけることで、一瞬のうちに液体を気体に変化させ、燃焼させる方式としている。灯油がタールになりやすい低温度帯を通らずに、瞬時に気化するので、燃焼器のトラブルの原因であるタールの発生がない。また、一つの送風機で、燃焼器に送り込む灯油の量と燃焼用の空気の量を一緒にコントロールする方式とすることで、両者がシンクロして空燃比が常に変わらず、不完全燃焼が起きない構造になっている。室内で使用する開放燃焼型の温風暖房機は、メンテナンス性や安全性が担保された構造になっていることが必須であり、これらの競争優位性がその後も保たれたことが、長期に亘ってトップメーカーの地位を保つことができた理由の一つとなっている。