最近は、新製品が出ないとよく言われる。世の中が安定し、社会が成熟すると現状の生活に満足してしまい、新しいアイデアを考え、新製品の販売にチャレンジする気持ちが失われてしまうのかもしれない。高度成長時代は、次々と新製品が発売され、日々生活が変化して行った。ヒット製品が世の中を変え、誰もが将来は明るいものに見えていた。しかし、最近は、少子高齢化が進んで、社会全体が停滞し、人々の心も活気がなくなってしまった。安定を最優先にする考えが蔓延し、リスクを恐れて画期的な新製品がなかなか生まれない時代になってしまった。

これまでに存在しなかったものを新製品として市場導入することで、世の中は変化してきた。新製品を発売することは、世の中に新しい価値を提案することである。新しい価値が消費者に受け入れられると、新製品は市場に定着して、その存在が世間に認められるのである。新製品というものは、画期的な技術や機能が新しい付加価値を消費者に訴求するケースもあるが、新しい技術や性能がなければ新製品は生まれないというものでもない。従来から世の中には存在していたが、その付加価値や効用に気が付かずにいたものが、新製品として形を変えて発売され、消費者に付加価値が受け入れられて、新たな需要が生まれることもある。

次の設問は、消費者への新しい切口からの提案によって、新製品のヒットを呼び、市場が立ち上がった事例である。

 

 

Q10.日本の缶詰メーカーは、戦前からマグロ缶詰をアメリカに輸出していた。戦後、缶詰業界は早い時期から事業が回復し、戦前以上にマグロ缶詰のアメリカ輸出が急増したが、アメリカ政府も自国企業を守るため、輸入関税を大幅にアップさせる等、輸出主体の事業環境は年々厳しくなって行った。このような中で、A社は視点を切り替え、それまでほとんど需要がなかった国内市場に着目し、新たに販路を拡大して売上げを伸ばすことに成功した。さて、この時缶詰メーカーA社が行った対策は次の内から選んで欲しい。

 

①アメリカでは、戦前からマグロ缶詰の需要があったことから、アメリカの先進性を国内の消費者にストレートに訴求することで売上拡大を図った

②これまでの日本の缶詰は保存食と言うイメージが強く、業界全体がブランドやペットネームに対する関心が薄かったが、消費者に強く印象付けるペットネームを新製品に付けることで、売上拡大を図った。

③国内の消費者に製品の特長を訴求し、新しい料理の仕方、新しい食べ方を提案することで、食材としての用途を開拓して売上拡大を図った。

 

 

 A10.答えは②と③である。

・A社とは、大手食品メーカーのはごろもフーズ、このマグロの缶詰のペットネームは「シーチキン」である。現在、はごろもフーズは、国内のツナ缶市場で5割以上のシェアを持つガリバー企業であり、「シーチキン」ブランドもツナ缶の代名詞になっている。

・従来の国内の缶詰は、「〇〇会社のミカンの缶詰」「□□会社のサバの缶詰」と言ったように、缶詰めの素材を前面に出して、パッケージにミカンやサバの絵をあしらったものが大半であった。ところが、はごろもフーズは、原料となるビンナガマグロの肉質が鶏のささ身に似ていることから、「海の鶏」を英語に直した「シーチキン」と名付けて発売した。

・アメリカでは、戦前から発売されており、一定の支持を得ていたが、国内では消費者に馴染みがなく、どのように食べてよいかも分からなかった。1958年の発売から10年間は需要がなかなか伸びず、苦戦を強いられた。

・市場が本格的に立ち上がったのは、1967年にTVCMを開始して、「シーチキン」というこれまでの缶詰にはなかった独自のブランド訴求を行ったことがきっかけになった。単なるブランド訴求ではなく、「奥様、今晩のおかずにシーチキンはいかが」というキャッチフレーズで、料理方法や食べ方を提案したことで、需要が活性化し、売上が拡大した。「シーチキン」を食材に使ったシーチキンカレーやツナサラダの提案は、ヘルシーで健康的な食材を求める消費者意識にマッチして、日本の家庭に受け入れられていった。

・販売数量も1967年のTVCM開始時には10万ケースであったものが、1974年には100万ケースを超え、現在の「シーチキン」ブランドの出荷数は3億ケースにまで拡大し、今では、日本の家庭に無くてはならない食材の一つになっている。②のブランド戦略と③の家庭での食材としての利用提案について、TVCMを中心とした広告宣伝政策を行うことで、本格的な市場形成と新たな食文化を創造したのである。

 

 

【TVCMの効果的な利用方法について】

・最近でこそ、インターネットが急速に普及し、ネットを利用した製品訴求が色々な形で行われるようになったが、インターネットが普及する前までは、TVCMが広告訴求媒体の中心であった。TVCMの特長は、映像と音声を利用して、短期間に直接消費者に働きかけが出来ることであり、新製品や新機能を消費者にストレートに訴求するには欠かせない重要な訴求方法であった。但し、消費者に対して短期的に認知させるには、一定期間に一定レベルの集中投下が必要であり、中途半端にTVCMを行っても、消費者に製品の特長を伝えることができず、効果が得られないと言われている。

・やや専門的になるが、TVCMを活用する場合、「消費者にCMで訴求を行い、その製品を認知させるにはGRP1000%が最低必要である」と言われる。GRPとは、Gross Rating Pointの略であり、延べ視聴率のことを指す。GRP1000%とは、消費者は一定期間でTVCMを10回見ることを示し、そのレベルに至るまで、TVCMを集中投下すれば、TVを見た消費者はその製品を認知するという、認知の指標である。中途半端にTVCMを打っても、GRP1000%に届かなければ、消費者の記憶に残らず製品が認知されないため、投下した広告宣伝費用は無駄になる。TVCMを活用するのであれば、最低限GRP1000%までTVCM 投下を行うことが必要になるのだ。全国ベースでGRP1000%までTVCM 投下を行うには、広告宣伝費は3億円が必要と言われており、TVCMによる訴求は、大きな効果が期待されるものの、一方で投入金額も高く、その分リスクも多い。

・はごろもフーズは、1967年に初めてTVCMを行うにあたって、その訴求効果を確実なものにするために選択と集中を行っている。一つは、はごろも缶詰全般のTVCMではなく、まだ売上が少ない「シーチキン」に的を絞って訴求を行ったこと、そしてもう一つは、TVCM投下エリアも最初から全国を対象にすると投下量が少なくなって効果が期待できなくなるので、まずは東海地区に限定し、東海テレビに6000万円の広告宣伝費を集中投下したことである。製品の絞り込みとTVCM投下エリアを限定することで、TVCMの訴求が有効となり、その結果が「シーチキン」のヒットに繋がったのである。