前回に続き家電品における成熟期のマーケティング戦略を考えてみる。最近、よく言われることであるが、もう家庭には家電品が十分揃っており、新しいニーズから新製品を見つけ出すのは難しいと言われる。現在の製品の性能・価格・デザインは消費者にとって十分満足できるものであり、これ以上のものは必要ないと多くの人が考えている。

少子高齢化が進んで平均年齢が上がり、国内市場も成熟化し、店頭には多くの昔ながらの家電品があふれている。新製品のニーズは新しい価値の創造であるが、消費者に不満点を訊ねても「これでもう充分です。他に欲しいものはありません」と言われるとそれ以上何もできないという声が大半である。

しかし、家電メーカーによっては、新たなチャレンジを行うことで、数量ベースでは需要が飽和して伸長が望めない中で、新たな付加価値の創造を求めて売上拡大を図っているのである。前置きが長くなったが、次の質問は、成熟期において需要が伸び悩む中で、新しい発想で新製品を開発し、消費者ニーズを掘り起こした事例である。製品企画の視点から、具体的な成功事例について考えてみたい。

 

 

Q6.家電品の中でも、扇風機は典型的な成熟期に入った製品である。かつては夏を代表する季節商品の一つであったが、1970年代に入ってエアコンの普及が進急に進んだことで補助的な空調機器として位置付けられるようになり、機種バリエーションは増えたものの基本的にはシンプルな送風機能を持った機種が需要の大半を占めていた。家電メーカーA社は、長い間数量も単価も頭打ちになっていた扇風機市場において、これまでになかった新しい発想で画期的な特徴を持った新製品を発売した。この新製品を見た消費者は従来からある扇風機と新しい扇風機の違いに驚き、製品単価が従来扇風機の10倍近いにも関わらず、新しい扇風機の購入者が続出してヒット商品となった。それでは、A社が、2009年にこれまでにないアプローチで販売した新しい扇風機とはどのようなものだったのだろう。次の内から選んで欲しい。

 

 ①従来の扇風機は送風だけの機能であったが、送風の過程で空気の中に「アロマ」を含ませることで「部屋を香りで満たして生活空間を豊かにする扇風機」を発売したところ、女性層から高い評価を受け、ヒット商品となった。

 ②従来の扇風機は大きなプロペラとそれを支える台座という機能を重視したデザインが基調であったが、これまでに全くなかった斬新なデザインの扇風機を発売したところ、そのデザイン性、インテリア性が評価され、ヒット商品となった。

 ③従来の扇風機は、ホワイト系やパステルカラーを中心としたオーソドックスな色の機種が多かったが、カラーバリエーションを増やすとともに、消費者の好みに合わせて、扇風機の羽の色、カバーの色、台座の色をそれぞれ選んでもらい、受注生産を行うことで、消費者一人一人の要望に合わせたオリジナルカラーの扇風機を販売した。部屋のデザインに合わせた独自のカラー扇風機を提案することで、顧客ニーズを喚起して、ヒット商品となった。

 

 

A6.答えは②である。 

・A社とは、強力な吸引力を持つ業界初の「サイクロン式掃除機」を発売したことで有名な英国発祥の家電メーカーのダイソンである。国内における掃除機市場は、歴史も古く成熟した市場であり、新たな新製品の導入により、市場を拡大するのは難しいと思われていたが、紙パックを使わず、吸引力も変わらない革新的な機能を持った「サイクロン式掃除機」を国内で販売したところ、消費者に受け入れられてヒット商品となった。これまで、国内メーカーではなかなかできなかった掃除機の単価アップに成功している。

 ・今回のテーマである扇風機も、掃除機と同様に歴史も古く成熟した市場であり、これ以上の市場拡大はなかなか難しいと思われていた。このような状況に中で、消費者をあっと言わせたのが、羽のない斬新なデザインのダイソン扇風機である。

 ・ダイソン扇風機は、2009年に初めて市場導入され、その斬新なデザインが評価され、ヒット商品となった。従来タイプの扇風機は本体中央にある大きな羽を回して風を送るが、ダイソン扇風機は「エアマルチプライア―」という周囲の空気を巻き込んで気流を生み出す技術を使うことで、羽のないデザインを実現している。扇風機本体で空気を吸い込み、リング状にデザインされた部分に配置された小さな穴から勢いよく風を吹き出す構造が、扇風機であるにも関わらず羽がないという、部屋のインテリアにも溶け込みやすいデザインを実現している。

 ・ダイソン扇風機は、その画期的なデザインに加え、羽が無いので小さな子供が接触して怪我をしないという安全性が評価されている。また、部屋に溶け込むスタイリッシュなデザインに空気清浄機能や温風暖房の機能を複合させて付加価値を高め、一般的な扇風機の10倍近い単価アップを実現し、扇風機需要全体を活性化させた。

 

 

【成熟した家電製品市場で斬新なデザインの新製品導入がヒットに繋がった類似の成功事例】

・マスコミの論調を見ると、最近は国内家電メーカーから画期的な新製品が出ることが少なくなったと言われることが多いようだ。確かに、本来国内家電メーカーの得意分野である掃除機や扇風機といった家電品の国内市場で、海外の家電メーカーが次々と新しい技術やアイデアでヒットを飛ばすのを見ていると、国内メーカーももう少し、知恵を出して頑張ってほしいと思う。最近の日本人は自分の頭で考え、リスクを持ってチャレンジすることが苦手になっているように思える。

・今回の事例で注目したいのは、扇風機は風を送るという単純な機能の製品であり、市場も成熟して新たな付加価値を見出すのは難しいと思われていた。しかし、そのような事業環境の中で、英国メーカーのダイソンが「羽のないデザイン」の扇風機を発売し、大幅単価アップと市場活性化に成功したのである。「エアマルチプライア―」という技術も従来からあったものなので、羽のない新しいデザインの扇風機を作るというアイデアも、ダイソン以外のメーカーも考えたかもしれない。しかし、ダイソンは製品化を決断したが、国内メーカーは、チャンスよりもリスクを恐れ、そんなものは値段が高くて売れないと考えて、なかなか製品化できなかったのだろう。国内の家電メーカーもいつまでも縮困ってばかりいないで、かつての元気だった時代の積極性を取り戻して、新しい技術やアイデアで新製品の開発・販売にチャレンジして頂きたい。

・実は過去の家電品の歴史を調べて行く中で、ダイソンの「羽のないデザイン」を持った扇風機と同じような画期的なデザイン戦略でヒットに繋げた成功事例があった。1979年に三菱電機が業界で初めて発売した「ヒーターの見えない家具調こたつ」である。当時は、一般的にどこの家庭でも冬場の暖房は部分暖房が中心であり、居間には電気こたつがあった。電気こたつは四角いテーブルの裏側に暖房用に赤外線ランプを取り付け、その上にこたつ布団をかけて家族で暖を取っていた。それまでの電気こたつは、こたつの裏側に大きくでっぱりのある赤外線ランプをヒーターとして使用していたので、こたつ布団の中でヒーターに足が当たって邪魔になることもあった。

・「ヒーターの見えない家具調こたつ」は、電気こたつに取り付けられていた熱源である赤い光がでる赤外線ランプの代わりに200℃以上に温度が上がらない半導体ヒーターを使用し、その特性を利用してファンでヒーターに空気を送り、そこから生まれた温風をこたつの中で巡回させて温める方式としている。薄型の半導体ヒーターをこたつの天板部分に埋め込むことで、横から見ると電気こたつのような邪魔な赤外線ランプのでっぱりが全く見えず、消費者からは「ヒーターがないこたつ」としてその画期的なデザインが評価された。暖房方式も半導体ヒーターを利用して温風で温めるので、従来の赤外線ランプ方式と違って赤い光もでない。また、こたつ本体も家具調の素材を使用して高級感を出した。

 

・新製品として発売された「ヒーターの見えない家具調こたつ」はこれまでの電気こたつと比べると10倍近い価格であったので、販売店からはこのような高価格の製品がちょっとしたデザインの違いだけで本当に売れるのかと言われた。しかし、実際に商戦が始まって消費者が店頭で実物を見ると、これまで邪魔だったヒーターが天板に埋め込まれて全く見えず、すっきりとしたデザインで、足元もヒーターが邪魔にならないことが評価され、たちまちヒットに繋がり、売り切れが続出した。

・2009年にダイソンが発売してそのデザイン戦略が評価された「羽が見えない扇風機」であるが、実は既に過去にも同じようなケースがあった。製品分野は異なるが1979年に発売されたヒット製品となった「ヒーターの見えない家具調こたつ」である。過去のケーススタディ分析は、これから新製品開発を行うにあたってマーケティング戦略を練る上で大切なポイントである。